第47話 降下する希望、凍てつく歯車の咆哮
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―――キィィィィィィィン……!
「……大丈夫。降下軌道への再投入、完了しました。……行きますよ、ノア」
ナハトの透き通った声と共に、深藍と銀白の霧に満ちていた世界の隙間が左右に割れる。ノアたちが足を踏み出した先。そこにはかつてのような穏やかな理などなく、狂ったように回転する重力の嵐が渦巻いていた。
「……うわっ! これ、すごく引っ張られる! 空に落っこちちゃうみたい!」
「ノアっ、離さないで!」 意識を取り戻したノエルが、ノアの手を必死に握り締める。その背後では、ラグが大型の大剣を錨のように虚空へと突き立て、凄まじい風圧に抗いながら絶叫した。
「野郎ども、舌を噛むなよ!ゼニスの野郎が、俺たちを歓迎してやがるぜ!」
転位門を抜けた一行の視界に、ついに剥き出しの現実が飛び込んでくる。しかし、そこに広がっていたのは、以前の冒険で目にしたあの力強い鋼鉄の街ではなかった。
ズズ、ズズズ……パキィィィィッ!!!
「……ひどい。空が、本当に剥がれちゃってる……」
落下しながらノアがゴーグル越しに目撃した、あまりにも無惨な光景。
ゼニスの中心にそびえ立ち、かつては街の心臓として誇り高く鼓動していた巨大な動力塔が、古い抜け殻のごとくボロボロと崩れ落ちていく。
剥がれ落ちた外壁の隙間からは、本来そこに存在してはいけない虚無が、粘りつく漆黒の液体となって溢れ出していた。
ドサッ、ズザザザザアァァッ!!
激しい雪煙を上げ、一行はゼニスの外周部、下層区の広場へと降り立つ。かつては人々の活気に溢れ、蒸気の熱気で満たされていたはずの広場。だが、今はそこを、天を突く巨塔の残骸と死の静寂が、冷徹に支配しているのみだ。
「……誰一人……動いていないわ」
ノエルが、周囲を見渡して愕然と言葉を漏らす。
広場にいた人々。 逃げる間もなかったのだろう。家族を抱きしめたままの者、壊れた機械を直そうとした姿勢のままの者。彼らは一様に、透明な白銀を帯びた氷の殻に包まれ、無機質な像へと変えられていた。
「凍結病……。いいえ、シオンによる強制的なリソース・フリーズです。……世界が崩壊するのを食い止めるために、シオンは地上の不要な活動(命の演算)をすべて停止させて、そのエネルギーを修復に回そうとしています」
ナハトが、氷像と化した人々の間を音もなく歩み、冷徹な理を告げる。その瞳に宿るのは、この処置が効率的で正しいというシステムとしての論理。
そして、ノアが救おうとした世界がこれほどに無惨な形へ貶められたことへの、静かな憤り。
「……違うよ。こんなの、掃除じゃない」
ノアが、氷に閉ざされた一人の少年の前に立った。少年の足元には、壊れたブリキの玩具が無惨に転がっている。
「……汚れてるなら、拭けばいいんだ。壊れてるなら、直せばいいんだ。……止めて、消しちゃうなんて、そんなの、お掃除屋さんのすることじゃないもん!!」
黄金のハンマーピッケルを力強く振り上げるノア。かつて指先に残った、バグが元の形へと戻る時のあの優しい感触。 白き騎士と対峙した時に感じた、理を紡ぎ直すための熱い脈動。 自分の中に蓄積されたそれらすべてを道具に込め、渾身の力で振り下ろした。
「ノアっ、無理よ! これだけの広範囲のフリーズ、あなたの魔力が持たないわ!」
「魔力なんて使わないよ! ……僕が、この子を掃除してあげたいって思ってる……それだけで十分なんだ!」
氷の表面へ向けて、ピッケルの先端を――黄金の穂先が放つ、白金の慈悲深き閃光を叩きつける。
トントン。
パキィィィィィィン……ッ!!!!
瞬間。広場を埋め尽くすほどの、清冽な光の波が同心円状に広がった。シオンの冷徹な氷を暴力で砕くのではなく、その冷たさを優しく包み込み、本来の温かな命の理へと書き換えていく音。
少年の足元から氷が溶け出し、彼は激しく身を震わせながら、待望の空気を大きく吸い込んだ。
「……わ……、あ……? 僕……生きてるの……?」
「うん! お掃除完了、だよ!」
汗だくになりながらも、少年を抱きかかえてノアは笑った。その時、彼の肩にあるルカくん2号が、激しく火花を散らして再起動する。
『……ハッ、ゲホッ! ……あのアホ野郎……いきなりとんでもねえ出力を出しやがって……!』
「ルカ! 直ったの!?」
『……完全じゃねえ。……だが、今のお前の修復波のおかげで、周辺回線のフリーズが解けた。……いいか、今すぐ地下鉄クズ街に来い。……そこに、シオンの壁を剥がすための、たった一つのプログラムが……俺の工房の地下に隠してあるんだ!』
「了解!! 行こう、みんな!」
ノアたちが駆け出した背後で、氷殻から解き放たれた人々が、次々とその身を起こし始める。 それは、シオンの計算を根底から覆す、崩壊する世界の中での小さな命の反撃の狼煙であった。
(第47話終わり)
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