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番外編 ① 観測者(モブ)たちから見た理の崩壊

いつもお読みいただきありがとうございます。 今回は幕間(番外編)として、ロアたちのあずかり知らぬ場所で、一般の生徒たちがどのような衝撃を受けていたのかを描きます。 魔法という絶対的な理が「剥がれる」ということが、彼らにとってどれほどの恐怖なのか。観測者たちの視線をお楽しみください。

 学園都市セレステ。その第四学生寮の談話室は、深夜でありながら重苦しい熱気に包まれていた。     

 テーブルを囲んでいるのは、名門の出でもなく、特待生でもない、ごく一般的な二級魔導科の生徒たちだ。彼らの顔は一様に青ざめ、誰も手元の冷めた紅茶に口をつけようとはしない。


「……なぁ。お前、本当に見たのかよ」


 沈黙を破ったのは、赤毛の少年だった。彼の声は恐怖で微かに震えていた。


「見たさ……。あの掃除屋を名乗る、頭の狂った新入生の戦いを」


 答えたのは、目の下に濃いクマを作った眼鏡の少年、ティムだった。彼は昨日、中央演習場で行われたアルゴスとロアの決闘を、観客席の最前列で観戦していた一人だ。


「アルゴス・フォン・ベルシュタイン……あの無敗の雷神が負けた。それだけでも学園の歴史がひっくり返る大事件だ。でもな、俺が震え上がったのはそこじゃないんだ」


 ティムは両手で自分の肩を抱きしめるようにして、狂ったように早口で喋り始めた。


「……あのハンマーの小僧が、アルゴスさんにトドメを刺した時、音一つしなかった。光すら出なかったんだ。……ただ、アルゴスさんの雷神の衣が、まるで古い薄皮を剥がされるように、音もなく消え去ったんだよ」


「バ、バカな! 固有魔力装甲を破壊するんじゃない、無力化ディスペルしたってのか!? どんな高度な分解術式を使えば……!」


「術式なんて使ってなかったんだよ!!」


 ティムの絶叫に、談話室の空気がビリリッ、と震えた。


「――あれは術式じゃねぇ! あいつはただ、物理的にハンマーで殴っただけだ! ……それだけじゃない。俺たちの学園の象徴だった白亜の演習場が……俺たちが魔法でコーティングして美しく保っていたあの純白の大理石が……。あいつの攻撃が掠めただけで、ボロボロの、汚らしくて臭い、ただの古い墓石の成れの果てに変わっちまったんだ……っ!」


 ティムは両手で顔を覆い、すすり泣き始めた。彼の絶望。それは、単に強い敵が現れた恐怖ではない。  彼ら魔導士が、幼い頃から血の滲むような努力をして築き上げ、崇拝してきた魔法という名の完全な世界のルール(理)が。魔法の欠片も使えない、泥まみれのブーツを履いたハンマー持ちの少年に、いとも容易く嘘のメッキとして剥がされてしまったことへの、根源的な恐怖と自己否定感だった。


「……おい、嘘だろ……。じゃあ、俺たちが昨日まで信じてた魔法の美しさって何なんだよ……」


「わからない。もう、何もわからないよ……!」


「……しかも聞いたか? 今日、ベルシュタイン本家から処刑人ガウェインが来て、学園の最高結界をぶち抜いたって……。でも、それすらも……あの小僧のハンマーが、一撃で消しちまったらしいぜ」


「……神様か、あるいは悪魔か。……どっちにしろ、この学園はもう……いや、この世界は、何かが根本から壊れ始めてる」


 彼らは知る由もなかった。ロアの行っていることが、世界を壊すことではなく、彼らがこれまで押し付けられていたバグだらけの虚飾を取り払い、世界のオリジン(真実)へと修復する掃除の過程であるということを。絶対的な価値観(魔法)に依存してきた者たちから見れば、真実(バグの剥離)を見せつけられることほど、恐ろしいテロリズムはなかった。


 セレステ学園のただの生徒たちの間に、理の剥離者・ロアに対する正体不明の畏怖が、致死性のウイルスのように静かに、そして確実に蔓延し始めていた。


(番外編 ① 終わり)

お読みいただきありがとうございます! 魔法という「完成された嘘」の中で生きてきた彼らにとって、ロアの力は悪夢そのものです。 強い力で破壊されるより、身に纏っている価値観を「剥がされる」ことの方が怖い……そんなモブたちの絶望を描いてみました。 次回は、あの偏屈な爺ちゃん視点の番外編をお送りします。

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