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第46話 残響の白、そして世界の「隙間」へ

いつもお読みいただきありがとうございます。 真・宇宙の管理者シオンの圧倒的な力の前に、撤退を余儀なくされたノアたち。 辛うじて逃げ延びた先は、世界の管理が届かない「空白の地」でした。

 ―――ピピッ、ズザザザザザッ!!!!  


 ドクン……!


 極限まで圧縮された空間が弾け、次の瞬間、ノアたちは音のない世界へと放り出される。シオンの削除が届く寸前、ナハトの回線介入によって無理やり成立させた緊急脱出。その不快な転移の衝撃を噛み殺しながら、ラグは無我夢中で、意識を失ったノエルを地面――透明な波紋の広がる光の床へと寝かせた。


「……ハァ、ハァ……ッ。……ここは、どこだ? まだ……シオンの庭か?」


ラグが、肩で息をしながら周囲を警戒する。そこは、星屑の海(真・宇宙)とも、地上の風景とも異なる、息を呑むほどに神秘的な空間。上下左右の感覚はなく、ただ深藍しんらんの闇の中に、薄紫と銀色の燐光を放つ霧がオーロラのように揺らめいている。シオンの冷徹な視線(監視プログラム)も、バグの化け物の咆哮もここにはない。ただ、宇宙の胎内のような、深く静かな安らぎだけが横たわっているのみだ。


「……大丈夫。ここはシオン(一管理者)の権限が物理的に届かない領域……世界の隙間ヌル・スペース。……一時的な退避先としては、これ以上ない場所です」


ナハトが、音もなくノアたちの傍らに降り立つ。真・宇宙での激闘により、彼女の白いドレスの裾は僅かに擦り切れているものの、その立ち姿には、管理者を欺き通したことへの自負が宿っているかのようであった。


「……ルカ。ルカ、いる!?」


ノアが、自分の肩で震えている「ルカくん2号」に語りかけたが、小型のドローンは、虚空を彷徨うようにレンズを揺らすだけである。返ってくるのは、不規則に断続する電子ノイズ。


『……ザ、ザザッ……ノア……! 聞こ……え……ッ! ダメだ、領域が……深す……ぎる! 俺の声、届いて……か!?』


「ルカ! だめだよ、声が小さくなっちゃってる!」


『……シオンが……世界の……を切断……した! 空を……見てろ! 世界が……!!』


―――プツッ。


通信が完全に遮断された、その刹那。  ナハトの手によって、この空白の地の壁面に、現在の地上の凄惨な景色が投影された。


「……うわぁ……何、これ……」


ノアは、言葉を失い、ただ呆然とその光景を見つめた。投影されたゼニスの街――かつての鋼鉄の要塞は、今や見る影もなく無残な姿を晒している。

 大煙突から吐き出されていた威勢の良い黒煙は止まり、街の至る所で空のテクスチャが、剥がれた古い壁紙のようにペリペリとめくれ上がる異様な光景。その剥がれた隙間からは、真・宇宙の本質である漆黒の空白が顔を出していた。


「シオンは、私たちを排除するために真・宇宙のリソースを使い過ぎました。……その代償として、末端の地上世界の維持が疎かになっています。……あれは、世界そのものの自壊です」


ナハトの言葉は、氷のように冷たく、そして重い。あの星屑の海で、初めて修復の手応えを掴んだ時の、指先に残る確かな振動。白き騎士たちの心を解きほぐし、理を書き換えたあの時の確信。そんなノアの記憶のすべてを否定するように、彼が直そうとした世界は、あまりにも無惨な瓦解を始めていたのだ。


「……僕のせいかな。……僕がシオンに会いに行ったから、空が壊れちゃったの?」


膝を抱えて地面に座り込むノア、その小さな手は、まるでお気に入りの玩具をもぎ取られた子供のように、虚しい手つきで黄金のハンマーピッケルを撫でている。


「シオン、言ってたもんね。君がいるとお掃除の邪魔になるって。……本当に、僕がいない方が、世界は綺麗だったのかな」


「……違います」


ノアの小さな手を、ナハトの白く、僅かに冷たい手が包み込む。


「……シオンは、自分だけで完璧(バグのない世界)を保とうとして、失敗しました。……その歪みを、あなたが剥がしてくれたから、世界はようやく自分の熱を感じ始めているのです。……でも」


投影された崩壊するゼニスへと向けられる、ナハトの静かな眼差し。


「……このままでは、世界は新しい形を得る前に、熱を失って凍りついてしまいます。……ノア。あなたは、まだお掃除の途中です」


「……お掃除の、途中?」


「はい。剥がした後に残ったこの惨憺たる真実バグを、どう直すのか。……それを見つけるまで、あなたは止まってはいけない」


ノアは、ナハトの瞳をじっと見つめ返した。無機質なプログラムであるはずの彼女の瞳。その奥底に、かつて自分が直した小さなバグに灯った温かな命の光と同じ輝きを見出した気がした。


「……うん。ナハト、ありがとう。……そうだよね。汚れを剥がして、ゴミを散らかしたまま帰るなんて、お掃除屋失格だもん!」


ピッケルを逆手に持ち替え、そこに宿るオレンジ色の光を見つめるノアの顔に、再び闘志が戻る。  この光を、もっと大きく。シオンの削除をも飲み込むような、本当の修復へと変えるために。


「……ノエルと、ラグのおじちゃんが休んだら……またすぐに行こう。今度は逃げるんじゃなくて……この世界を直すために!」


お掃除屋の瞳に、再び強い意志の火が灯る。

 絶望の後の、束の間の安息。  世界の隙間で、少年は再び愛用の道具を力強く握り締めた。


(第46話 終わり)

お読みいただきありがとうございます! 敗走から立ち直り、ノアが真の「修復者」への道を歩み始める前の、静かな決意の回となります。


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