第44話 空虚なる王座、震える指先
いつもお読みいただきありがとうございます。 ついに辿り着いた世界の中心。そこはあまりに白く、そしてどこか「居心地の悪い」場所でした。 ロアの子供らしい直感と、管理者の論理。噛み合わない二人の、最初の静かな激突が始まります。
白銀の門が背後で閉ざされた瞬間、ロアは思わず鼻を啜った。
「……う。ここ、なんか変な匂いがする」
「匂い? ……私は何も感じないが」
ラグが大剣を構えたまま首を傾げる。ノエルも周囲を警戒しながら眉を寄せた。
「そうよ、ロア。匂いなんて……それより見て、この空間。魔力密度が異常だわ。物理的な壁じゃなく、概念そのものが壁になってる……」
「違うんだよノエル。魔力とかじゃなくて……ほら、じいちゃんの古い道具箱を開けた時みたいな、ツンとする匂い」
ロアはゴーグルをずり上げ、真っ白な空間を眩しそうに見渡した。どこまでも平坦で、ゴミ一つ落ちていない極彩色の白。その中央に浮かぶモニターの円環と、一つの椅子。そこに座る影。
「……お掃除。しすぎだよ、ここ。目がチカチカするもん」
ロアの不満げな声に、椅子の主が僅かに肩を揺らした。 モニターの青い光を反射して、銀色の髪が淡く輝く。 彼はゆっくりと椅子を回転させ、こちらを向いた。
未だ幼い輪郭の残る、陶器のように滑らかな肌。だが、その瞳に宿る冷たさは、地上のどんな権力者よりも重く、鋭い。彼は無言のまま、ロアというエラーを演算するように見つめていた。
「不法侵入、およびシステムの書き換え。……ロア、君の行動はすべて世界の否定に繋がっていることが理解できているか?」
シオンの声は澄んでいたが、どこか深い底から響くような無機質さを湛えていた。
「えーと、否定? 爺ちゃんが『ダメ』って言ったかな、ってこと?」
ロアは首を傾げ、シオンの前にドカドカと歩み寄る。
「よくわかんないけど、僕はお掃除しに来ただけだよ。ここ、すっごく綺麗に見えるけどさ……」
「……何が言いたい」
「君の椅子の後ろ! 見てなよ、ナハト」 ロアが指差した先。
シオンが座る椅子の背後、完璧な白の世界に、一滴の墨を落としたような黒いモヤが滞留していた。 それはモニターの光すらも遮る、重たく、淀んだ空気の塊。
「これ、拭いても取れない心のホコリだ。じいちゃんが言ってたよ。部屋を綺麗にしても、隠し事がたくさんあると、そこから空気が腐るんだって」
シオンの白い指先が、椅子の肘掛けを強く握りしめた。細い喉仏が、一瞬だけ上下に動く。
「……ナンセンス。感情の残滓を物理現象として捉えること自体、君の演算能力の低さを露呈している」
シオンは吐き捨てるように言った。だが、その声は先ほどよりも僅かに高い。
「私は世界の理。私の周囲に『滞り』など存在しない」
「でもあるもん! モヤモヤして、今にも泣き出しそうな匂いが。……ねえ、君。そんなに真っ白なところに一人でいて、寂しくないの?」
「……黙れ」
シオンの瞳が、火花を散らすように激しく煌めいた。
「寂しい? 欠落という概念を擬人化して私に投影するのか。滑稽だ。ガレンは、君にそんな無駄な言葉ばかりを教え込んだのか!」
「無駄じゃないよ。だってお掃除の基本だもん。……あ、もしかして君、爺ちゃんに会いたいから、こんなに一生懸命ここを守ってるの?」
その瞬間、世界が震えた。
シオンが指を弾く必要すらなかった。彼の内側から溢れ出した激しい拒絶反応が、そのまま空間を歪め、地面から無数の銀柱を噴出させる。
「ッ、危ねぇ!」
ラグがロアの襟首を掴んで後方へ跳ぶ。銀柱は、先ほどまでロアが立っていた場所を無慈悲に貫いた。
「消えろ……。消えろ、エラーコード。君のような不確実な言葉を吐く存在は、この世界には必要ない!」
立ち上がったシオンは、王者の威圧感を纏いながらも、その瞳の奥で言葉にならない悲鳴を上げているようだった。
ロアはラグに抱えられたまま、暴走する空間の中で、小さく呟いた。
「やっぱり。……爺ちゃんに似た匂いがするもん、ここ」
その声は嵐のようなノイズにかき消されたが、シオンの耳には、どんな論理プロトコルよりも鮮明に届いていた。
(第44話 終わり)
お読みいただきありがとうございます! 改稿を経て、より「ロアらしい」子供の直感と、それによってペースを乱されるシオンの対比を描けるようになりました。 論理では勝てない管理者を、無邪気な一言で一気に「少年の顔」まで引き摺り下ろすロア。 次回、第45話。シオンの拒絶はさらに激しさを増し、真・宇宙の根幹に触れる激突へと発展します。
「ロアの例えが面白い!」「シオン君、図星つかれすぎ!」などの感想をいただけると嬉しいです! ぜひ【ブックマーク登録】や【ポイント評価】で応援、よろしくお願いします。




