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第41話 白銀と焦土の隣で

いつもお読みいただきありがとうございます! 今回は閑話休題的な、でも密かに大切な一幕。 セレステの過酷な防衛戦を越えた夜、アルゴスと専属メイド・リゼの静かな時間です。 派手な展開はないけれど、確かな絆がそこにある一話です。

 魔法都市セレステの夜は、文字通り焦土の匂いがした。


 空から際限なく降り注いだバグの群れとの死闘が、ようやく一時の小康状態を迎えた頃。城壁の上に急造された野戦天幕の中で、アルゴスは重厚な鎧を脱ぎ落とし、巨大な身体を軋ませて固い木の椅子に沈み込んだ。


 全身のあちこちに、バグの爪牙や謎の破片による傷が刻まれている。しかしそれ以上に、規格外の質量兵器として最前線に立ち続けた疲労が、彼の骨の髄まで浸透していた。


 トン、と。  静かな足音がして、天幕の入り口がめくられた。


「……失礼します、アルゴス様。応急の布と、お湯をお持ちしました」


 ブロンズゴールドの髪をツインテールに結び、常に感情を底に押し殺した榛色はしばみいろの瞳。普段はメイド服だが、今は城壁外での活動のため、活動的な旅装を身に纏い、腰には小型の魔法スティックを提げている。かつて本家ガヴェイン家からアルゴスを監視するための毒として配属され、今や彼が背中を預ける唯一の専属従者となった少女、リゼだった。


「……リゼか。すまんな」


 アルゴスが重い息を吐きながら答えると、リゼは無言で彼の隣に膝をつき、絞った温布でその無数の傷口を優しく拭い始めた。無表情に見える彼女だが、布を当てる指先の微妙な震えに、アルゴスは気づいていた。  

 彼女もまた、この地獄のような城壁の上で、後方から簡単な防御や治癒の支援魔術を放ち続けていたのだ。どれほどの恐怖と絶望がこの街を覆ったか、一番近くで見ていたはずだ。


「……怖かったか」


 アルゴスがぽつりと尋ねる。リゼは手を止めず、ただ静かに答えた。


「私はメイドです。アルゴス様が前を向いている限り、恐怖を感じる機能は必要ありません」


「機能、と言うな。お前はもうガヴェインの操り人形ではないだろう」


 アルゴスが低く窘めると、リゼの手がほんの少しだけ止まった。


「……恐れ入ります」


 リゼの声が、だんだん低くなった。


「本当は……アルゴス様が敵の群れに単騎で突っ込んでいくたびに、生きた心地がしませんでした。またあの学園の時のように、貴方様が傷つき、血を流して倒れるのではないかと」


 リゼが顔を伏せた。泣きたくなかった。メイドとして、主の前で取り乱すなどあってはならない。でも、かすかに声が震えた。


「空からは意味の分からない異物が降り注ぎ……次々と騎士たちが倒れ……もうどうしたらいいか分かりませんでした。私がもっと有能な魔術師であれば、貴方様の負担を減らせたのに」


「……リゼ」


 アルゴスは血と泥に汚れた大きな手を伸ばし、リゼの細い肩にそっと置いた。


 叩くでもなでるでもなく、ただそこにいるという重みだけを、押しつけるように。


「……俺は、生きている」


 当たり前のことだった。見れば分かる。でも、その力強い言葉と手の重みが、リゼの中で張り詰めていた何かを決壊させた。


 ぽろぽろと涙が落ちた、声を上げて泣くのはみっともないからきつく唇を噛み締めて、ただ静かに泣いた。


 アルゴスはそのまま何も言わずに手をどかさなかった、感情表現が上手い男ではない気休めの言葉が出てくる男でもない。

 彼が知っているのは、剣の振り方と大切な者を背中で守る術だけだ、ただそこにいることが、彼の精一杯だった。


 しばらくして。


「……申し訳ありません、見苦しいところを」


 リゼが袖口で乱暴に目を拭い、再び布を手に取った 傷の処置の続きを」


「いや。もういい」


「ですが」


「……お前も、怪我をしているだろう」


 アルゴスが顎で示したのはリゼの左の二の腕だった、魔力障壁をすり抜けたバグの破片が掠ったのか、インナーのロングスリーブの袖が破れ痛々しい血が滲んでいる、リゼ自身も気づいていなかったのか、ハッとして腕を押さえた。


「……これは、大したかすり傷では」


「座れ」


 アルゴスが自分の隣にあった木箱を空けてそこにリゼを座らせた、そして彼女の手から温布を奪い取ると、不器用な手つきでリゼの腕の傷を拭い始めた。


「アルゴス様! いけません、メイドが主人に手当てをさせるなど……」


「黙って座っていろ。……お前が倒れては、俺の背中が煤けるからな」


 乱暴だが傷に触れる力加減は驚くほど繊細だった、リゼは少し目を見開いて、それからわずかに表情をゆるめた。


「……ありがとうございます」


 感謝の言葉、メイドから主人へではなく、リゼという一人の少女からアルゴスという男へ。


「お前が生き延びてくれて、よかった」


 アルゴスがぽつりとこぼしたその言葉は、天幕の外で吹き荒れる夜風の音にかき消されるほど小さかった。


 その夜のセレステは焦土の匂いの中に、ほんの少しだけ温かな静寂を取り戻していた。


(第41話 終わり)

派手な戦闘も、能力の覚醒もない、静かな一話でした。 でも、こういう「日常と感情の隙間」こそが、物語を長く引っ張る力になると信じています。


アルゴスの「俺は生きている」という一言。 そして、彼がリゼの手当てをする不器用な優しさ。 ずっと書きたかったシーンです。


次回は再び真・宇宙へ──ロアたちの新たな挑戦が始まります! **【ブックマーク登録】や【ポイント評価】**での応援、よろしくお願いします!

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