第19話 北への旅路、凍りつく理
お読みいただきありがとうございます! 学園を後にしたロアたちは、極寒の北の大地へと足を踏み入れます。 そこでロアが直面したのは、どんなにハンマーピッケルを振るっても消えない「寒さ」という壁。 17話で絆を深めたノエルとの距離感、そして「お掃除」できるものとできないものの境界。 世界のルールが、極寒の旅路で少しずつ剥き出しになります。
「……ふえぇ、あ、頭が凍っちゃうよ……!」
ロアは首をすくめ、毛羽立った防寒マントを鼻先まで引き上げた。
セレステを出発して数日。一行の目の前に広がっていたのは、見渡す限りの銀世界――大陸の北端に位置する、永遠に冬が支配する「氷華連峰」だった。
「がはは! さすがの万能お掃除屋さんも、空の機嫌までは掃除できないか?」
ラグが豪快に笑いながら、雪を漕いで進む。彼の吐く息は真っ白で、それが顎髭に触れた瞬間、小さな氷の粒へと変わっていった。ロアは試しに、目の前で渦巻く吹雪に向かって、黄金のハンマーピッケルをトントンと突き出してみる。
だが、何も起こらない。 雪は止まず、鋭い冷気は容赦なくロアの頬を刺し続ける。
「……変だなあ。これ、すごく痛いのに、全然掃除できないんだもん」
「当たり前だ。それは世界のバグでも汚れでもない。……この星が数万年かけて編み上げてきた、ただの『季節』っていう名前の自然法則だからな」
ラグがロアの頭を大きな手でわしわしと撫でた。
「お前さんがアルゴスの呪いを剥がしたとき、奴の雷は黄金の光になっただろ? あれは本来の自然な形に戻ったんだ。……つまり、今この吹雪がこうして吹き荒れているのは、世界にとってこれが正常な姿なんだ。掃除する隙がないってことだ」
「正常な姿……。そっか。自然さんは、別に意地悪でお掃除を邪魔してるわけじゃないんだね」
ロアは納得したように頷き、真っ赤になった手を合わせて息を吹きかけた。ふと横を見ると、ノエルが立ち止まって、遠ざかる南の空――白亜の学園都市セレステがあるはずの方向を、静かに見つめていた。 その瞳は以前のような無機質な鏡ではなく、微かな郷愁と、それ以上に重い覚悟を宿している。
「……ノエル? どうしたの、忘れ物?」
「……ううん。……ただ、少しだけ怖かったの。私が守りたかった 理の外側に、こんなに何もなくて、冷たい場所があるなんて」
ノエルはロアの視線に気づくと、小さく首を振った。そして、迷わずロアの隣へと一歩踏み出し、その袖をぎゅっと掴んだ。
「……でも、今は大丈夫。……ロアが、私の手を引いてくれるから」
「あはは! もちろん。僕、ノエルの居場所を見つけるまで、絶対に掃除やめないよ!」
ロアはノエルに笑いかけ、慣れない雪道をしっかりと踏みしめた。
ノエルが指差す先、雲を突き抜ける銀槍のような山脈の向こう側に、空の一部が不自然に茶褐色く濁った場所が見えた。それは、数千の煙突から吐き出される煤煙と、地熱発電による過剰な排熱が作り出す、機械仕掛けの陽炎。魔法を捨てた人類の、執念の熱量。
「あそこが……ゼニス。魔法を捨てて、歯車だけで世界を作り替えようとしている街」
ノエルの声には、未知の場所への緊張が混じっていた。かつてのノエルなら、魔法のない街など不自然で醜い欠陥と切り捨てていただろう。だが今の彼女は、その不自然さの向こう側にあるものを、ロアと共に確かめる覚悟を決めていた。
「よーし、あっちまで競争だよ! 一番最後はお掃除当番ね!」
ロアは元気よく駆け出した。雪山を走るという無謀な少年を追いかけながら、ラグは呆れたように笑い、ノエルは微かに口角を上げ、ロアの足跡をなぞるように歩みを進めた。
だが、山の麓にある廃村に差し掛かった時、一行は見てしまった、雪に埋もれた家々の軒先で。一人の旅人が、膝をついた姿勢のまま、カチンコチンに凍りついている異様を。
「……おい。これ、ただの凍死じゃねえぞ」
ラグの顔から余裕が消えた。旅人の体表には、雪山の寒さとは無関係な、デジタルなノイズのように明滅する幾何学模様の氷が張り付いていた。結晶のパターンの隙間から、まるで情報を読み取るかのように細かな光彩が明滅している。
「これ……街で見かけた、あの消去の跡と同じ匂いがするよ」
ロアがその氷に指を触れようとした瞬間――。
「触るなッ!!」
鋭い警告と共に、背後の雪溜まりから、汚れたゴーグルをかけた一人の少年が飛び出してきた。
「それは凍結病だ。……不用意に触れば、お前の魂ごと強制終了させられるぞ!」
(第19話終わり)
読んでくださりありがとうございます! 北の旅路でロアが知った「お掃除」の限界。しかしその先に待っていたのは、寒さという自然法則を利用した「新しいエラー」でした。 ノエルとロアの絆が旅を通じて少しずつ形を変えていく中、物語は機械と油の都ゼニスへと突入します。 新キャラ・ルカが警告する「強制終了」の意味とは? 次回、鉄と蒸気の洗礼。お楽しみに!




