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第18話 空っぽの街と、賢者の贈り物

お読みいただきありがとうございます! 激闘を終えたセレステに、束の間の静寂が戻ります。 アルゴスとの別れ、そして禁忌書庫で見つけた「手紙」が、世界の禁断の真実を語り始めます。



 昨夜の激闘が嘘のように、セレステの朝は白く、静かだった。中央演習場には、ガウェインが撒き散らした漆黒の雷の痕跡が所々に残っていたが、陽光に照らされたその瓦礫は、なぜか以前よりも軽く見えた。


「……リゼ。もう、痛くないか?」


 学園の救護室。アルゴスは、ベッドに腰掛けるリゼの細い肩を抱き寄せた。黄金の雷鳴によって魂を繋ぎ止められたリゼは、依然としてその身体の輪郭が時折ノイズのように揺れる不安定な状態だったが、その瞳にははっきりとした生の色が宿っていた。


「はい、アルゴス様。……驚くほど、身体が軽いです。今まで感じていた、あの冷たい圧力のようなものが、何もありません」


「そうか。……ロアが、私たちの呪をごっそりと持っていってくれたんだな」


 アルゴスは窓の外を見つめた。そこには、朝食のパンを頬張りながら、昨夜壊した噴水の跡を「本当はここ、こうなってたんだよ!」とラグに力説しているロアの姿があった。


「……兄上と本家ベルシュタインは、私を欠陥品として切り捨てた。だが、それでいい。私は今日、この学園を去る。……リゼ、お前も来てくれるか?」


「どこまでも、お供いたします。……監視役としてではなく、あなたの隣に立つ一人の人間として」


 二人の間に、魔法という名の粉飾ではない、震えるほど真っ直ぐな想いが通い合う。


 ◇


「……フィオナさん、そんなに怖い顔をして機械を見つめないでよ。お掃除が台無しになっちゃうよ?」


 ロアはフィオナの研究室で、懐から取り出した一通の手紙をデスクに置いた。 禁忌書庫で見つけた、あの本物の紙。


「……ロア。これに何が書いてあったか、教えて。……それに、あのリゼという少女が、ガウェインの『削除命令デリート』を直接受けてなぜ消滅を免れたのか……計算が合わないのよ」


 フィオナのバイザーが、困惑と好奇心で激しく明滅している。


「あ、それ? ……アルゴスが助けたい!って出した黄金の光、すごく温かかったでしょ? たぶん、リゼちゃんの欠けて消えちゃった部分に、あの光がのりみたいにぴたーってくっついて、もとの形に戻しちゃったんだよ」


 ロアはパンを飲み込み、当然のことのように言った。


「糊……? つまり、魔法プログラムとしての整合性ではなく、アルゴスの意志が、世界の物理法則そのものに働きかけてデータの欠損を上書きしたというの……?」


「わかんないけど、綺麗に直ったからいいでしょ! ……でね、あ、手紙のこと。……難しいことは分かんないけど。(……ごめん。君を、こんな未完成な箱庭に閉じ込めてしまってって。あと、いつか誰かが、このゴミを掃除してくれることを願って)って書いてあったよ」


 フィオナが息を呑む。箱庭。未完成。……そして、掃除。


「……私たちは、掃除されるべきゴミの中に、文明を築いていたというの……?」


「ううん、違うよフィオナ。……これを掃除しに来た人は、この世界を汚いと思ったんじゃなくて。……たぶん、このままじゃ、可哀想だって思ったんだ。誰かが、大切に創ろうとして、途中で力尽きちゃった跡なんだよ、ここ」


 ロアはニコニコと笑いながら、手紙の裏側を指差した。そこには、小さな、可愛らしいネコのスタンプが押されていた。完璧な効率を求める魔導システムには、絶対に出現し得ない無駄な遊び心。


「……僕、もっと掃除するよ。この世界を創った人が、最後に悲しい顔をしなくて済むように」


「ロア……。……わかったわ。私も、あなたが何を見つけるのか、最後まで観測(見守る)覚悟を決めたわ」


 フィオナはそっとバイザーを外し、ロアを真っ直ぐ見つめた。


「本当は、私もついていって私のこの目で世界の果てを見たい。けれど、私にはここでの役目があるわ。ガウェインがぶち壊した学園のシステムを、本家の都合のいいように書き換え(隠蔽)させないための食い止め……そして、傷ついた生徒たちの心のエラーを正すのは、教授である私の仕事だから」


 彼女は窓の外、混乱の続く学園の校舎に視線を落とした。


「セレステの機能は、昨夜のガウェイン戦の余波で麻痺している。……でも、北の機械都市ゼニスなら、あなたが求めているさらに深い層の理に触れられるかもしれない。あそこは、魔法を否定し、純粋な演算と歯車だけで世界の綻びを埋めようとしている異質な場所よ」


「ゼニス。……かっこいい名前だね! ノエルも、一緒に行ってくれるかな?」


 背後の扉が開く。そこには、すでに旅支度を整えたノエルが立っていた。  彼女の瞳は依然として感情を読み取りづらいが、ロアの視線を受けると、微かに……本当に微かに、その頬のノイズが温かな色彩を描いた。


「……私の居場所。探してくれる、って……言ったから」


「あはは、そうだね! よーし、ラグ! 出発のお掃除だ!」


 一行は、白亜の学園都市セレステを後にする。だが、彼らが去った後の空には、巨大な警告ログの残像が、誰の目にも見えない次元で赤く明滅し、一人の消去官デリーターが動き出す気配を孕んでいた。


(第18話終わり)

読んでくださりありがとうございます! セレステ編、堂々の完結。そして物語は極寒の機械都市ゼニスへ。 世界が「未完成な箱庭」だとしたら、ロアのハンマーピッケルはその「外側」を剥がしてしまうのでしょうか……。 次回、新たなヒロイン(?)と、魔法の効かない街での苦戦が始まります。 応援の応援を糧に、さらに加速していきます!

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