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第141話 新世界の再定義

 ガアァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!


 世界の鼓膜が破れたかのような、凄まじい衝突音が絶対特異点に響き渡った。七色の光を纏った想奏槌が、世界の根本的エラーである「真っ黒な多面体」の中心に深々とめり込んでいる。


「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


 ロアが全身の筋肉を軋ませながら、さらにハンマーを押し込む。


 ビビビビビビビビッ……!!!


 多面体が断末魔のようなノイズを上げ、猛烈な抵抗を始めた。ロアの体を、ドス黒いバグの波が絡み取り、存在ごと飲み込んで消去しようとする。肌が焼け焦げるような激痛が走り、視界がノイズで赤く明滅した。


「ロア!!」


 ノエルが叫び、助けに入ろうと杖を構える。


「手出しは無用だ!!」


 だが、ガレンがそれを鋭い声で制した。


「今は、あいつの書き換え(リライト)の演算中だ! 外から下手に干渉すれば、ロアごとシステムが自爆するぞ! 信じて待て!!」


「……っ!」


 ノエルは唇を噛み締め、杖を握る手を震わせながらロアの背中を見つめた。  ラグも、アルゴスも、ただロアの背中に祈るように視線を送る。


 バチィッ! バチィッ!


 ロアの頬に亀裂が走り、青白いデータが漏れ出し始める。それでも、ロアの瞳から光は消えなかった。


「……痛ぇよ。これが、じいちゃんがずっと一人で耐えてた痛みなんだな」


 ロアは、自分を飲み込もうとする真っ黒なバグの塊を真っ直ぐに睨みつけた。


「でも、もう終わりだ!!  お前を『壊す』んじゃない。俺が、お前を新しい形に書き直してやる!!」


 ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 ロアの叫びに応えるように、想奏槌から溢れ出す七色の光が爆発的に膨れ上がった。


『……リライト・シーケンス、最終フェーズに移行!! ロアさん、いきます!!』


 ルカくん2号・改を通じて、地上にいるリゼの凛とした声が響く。


 パキッ……パキパキパキッ!!


 多面体の真っ黒な表面に、無数の光の亀裂が走った。それは破壊のひび割れではなく、春の氷が溶け、芽吹くような——誕生の亀裂だった。


「——書き換えろ(リライト)!!!」


 ピシャァァァァァァァァァァンッ!!!!!!


 世界が、真っ白に染まった。


 そして。  圧倒的な光の渦が引いた後、空間を満たしていたのは「美しさ」だった。


 真っ黒だった多面体は、巨大な「ガラスの結晶花」のような形へと姿を変え、淡い瑠璃色の光を放っている。そこから削り落とされたバグの破片は、消滅するのではなく、キラキラと輝く星屑のデータとなって、暗かった特異点の空間を優しく照らしていた。

 まるで、宇宙空間に咲いた一輪の巨大な花と、それを囲む天の川のように。


「……すげえ」


 ラグが大剣を地面に突き立てたまま、ポカンと口を開けた。


「これが、ロアくんの……創造の力。バグを殺すんじゃなくて、世界を回すための新しいルールに変えちゃったんだ……」


 ノエルが、星屑に手を伸ばしながら呆然と呟く。アルゴスもまた、その神々しい光景に目を奪われ、静かに息を吐いた。


 カラン……。


 ロアの想奏槌が、澄んだ音を立てて透明な床に触れた。息も絶え絶えに膝をつくロア。その背中に、大きな、そして温かい手が置かれた。


「……よくやったな、お掃除屋」


 振り返ると、そこにはガレンが立っていた。体に取り憑いていた赤黒いノイズはすっかり消え去り、元の白髪交じりの、少し厳つくて優しい「じいちゃん」の姿に戻っていた。


「じいちゃん……」


 ロアは、ふにゃりと笑って、そのままガレンの胸に倒れ込んだ。


「うん。綺麗に、お掃除できたよ……」


「あぁ。世界で一番綺麗な仕事だ。誇っていいぜ」


 ガレンは、ロアの頭をガシガシと乱暴に撫でた。その目元には、彼らが出会ってから一度も見せたことのない、うっすらとした涙が浮かんでいた。


 ガラスの花が、静かに脈打っている。新しい世界のシステムが、正常に稼働を始めた音だった。


 ポーン。


「マスターシステムの再定義、および全階層の正常化を確認しました。……ロア、お疲れ様です」


 リンが、少しだけ誇らしげな声で告げた。


「さぁ、帰るぞ」


 ガレンがロアを背負い上げ、仲間たちを振り返ってニヤリと笑う。


「俺たちの、馬鹿みたいに青い空が広がる『箱庭』にな」


 見上げれば、特異点の天井がゆっくりと透け、どこまでも高く、抜けるような青空が広がろうとしていた。


(第141話 終わり)

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