第140話 想いの集積、掃除屋のハンマー
ヴィィィィィィィン……ッ!!
真っ黒な多面体が、空中で不気味に回転を始めた。その表面から無数の「黒い棘」が射出され、全方位へと雨のように降り注ぐ。それは物理的な質量を持った棘ではなく、触れた空間のデータを削り取る「削除コマンド」の雨だった。
「防げ!!」
バチィィィィィィィンッ!!!
アルゴスが前線に飛び出し、両手から極大の紫電を放って六角形の雷壁を展開する。その後ろからノエルが杖を突き出し、純白の魔法陣を三重に重ねて防壁を強化した。
ガガガガガガガガッ!!!!!
黒い棘が防壁に直撃し、鼓膜が破れそうな激しいノイズが弾ける。ノエルの魔力とアルゴスの雷が凄まじい勢いで削られ、二人の顔が苦痛に歪んだ。
「……くそっ! 削られる速度が早すぎる! このままじゃ数秒と持たないぞ!」
「耐えて! 私の全魔力、全部障壁に回すから……ッ!」
ガレンが、泥だらけの体を起こしながら悲痛な声を上げる。
「無駄だ! あれはシステムそのものの自壊プログラムだ! 魔法も、物理的な力も、すべて『無効なコマンド』としてはじき返される! 俺たちの力じゃ、あのバグには干渉できねえんだ!!」
その言葉を証明するかのように、多面体がさらに回転速度を上げる。防壁に亀裂が走り、今にも砕け散ろうとした——その時だった。
ピポポポポポンッ!!
『……聞こえるか!! ロア!!』
ロアの腰にぶら下がっていた端末「ルカくん2号・改」から、割れんばかりの怒鳴り声が響いた。 地上の箱庭で待つ、ルカとテオの声だ。
「ルカ!!」
『間一髪だ! こっちの観測モニターが真っ赤に染まってビビったぜ! 特異点のプロテクトが外れたおかげで、ようやく直接リンクが繋がった! リゼの演算補助とテオの増幅器を使って、地上の演算リソースを全部そっちにぶち込む!!』
『ロアさん!』
通信の向こうから、リゼの凛とした声が重なった。
『システムが「無効なコマンド」として弾くなら、有効になるまで私たちが「意味」を書き換え続けます! ロアさんのハンマーに、私たちの解析データを全部乗せて!!』
「みんな……!」
ロアの瞳に、パッと光が灯った。
ギュイィィィィィィィンッ!!!!
ルカくん2号・改から極太のデータストリームが吹き出し、ロアの構えた想奏槌に流れ込んでいく。 ただの鉄の塊だったハンマーが、眩いほどの七色の光を放ち始めた。
「……驚いたな。下の箱庭から、上位のシステムコードをリアルタイムで書き換えてやがる」
ガレンが目を丸くして、呆れたように笑った。
「システムってのは、一人で抱え込むもんじゃないのかよ」
「だから言っただろ! じいちゃん!」
ロアが、七色に輝く想奏槌を肩に担ぎ、多面体を見据えて不敵に笑う。
「掃除は、みんなでやった方が早いし、綺麗になるんだよ!!」
バリィィィィィィンッ!!!
アルゴスとノエルの防壁が限界を迎え、砕け散る。同時に、多面体から最も巨大な「漆黒の光線」が、ロアたちを完全に消し去るために放たれた。
「いけぇぇぇぇっ、ラグゥ!!」
「任せとけやァァァァッ!!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
ロアの叫びと共に、ラグが黒獅子の大剣を下から上へと全力でカチ上げた。強引な剛撃が空間そのものを歪ませ、迫り来る漆黒の光線の軌道を、ほんの一瞬、わずかに上へと逸らす。
その「一瞬の道」を、ロアは逃さない。
ダァァァァァァンッ!!
床を蹴り砕き、ロアは光線の真下を潜り抜けるようにして、宙を舞った。
「リン!!」
「解析完了! 対象のコアは、多面体の中心、座標X-0、Y-0、Z-0! 誤差なし!」
「サンキュー!!」
ロアは空中を駆け上がり、巨大な真っ黒な多面体の真正面へと躍り出た。
眼前に迫る、絶望的な質量のバグ。すべてを無に帰そうとする冷たい虚無が、ロアの体をチクチクと焼き焦がす。
だが、今のロアの背中には、みんながいる。ノエルの祈りが、ラグの闘志が、アルゴスの覚悟が。 そして地上で待つ、ルカやリゼ、シオンやナハト……関わってきたすべての「世界」の想いが、ハンマーの先に集束していた。
「——全部、まとめてッ!!」
ロアは、世界で一番重くて、世界で一番温かい想奏槌を、大きく背後へと振りかぶった。
「綺麗に、なれぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
ガアァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!
七色の閃光を纏った想奏槌が、世界の根本的エラー——多面体の中枢めがけて、全力で振り下ろされた。
(第140話 終わり)




