第142話 帰還、そして青空の墓標
シュゥゥゥゥゥ……ッ。
光のゲートを抜けた先には、いつもの乾いた風が吹いていた。
ロアたちが降り立ったのは、ゼニスの外縁部に広がる見慣れた荒野。だが、かつてのような赤黒いバグのノイズや、空を覆う重苦しい鉛色の雲はどこにもない。
見上げれば、吸い込まれそうなほどに澄み切った、どこまでも高い青空が広がっていた。
「……帰って、きたんだな」
ラグが、背中の大剣を下ろして大きく伸びをした。
「ええ。空気中の魔素が、信じられないくらい安定してる。これが、本当の『正常な世界』……」
ノエルが両手を広げ、心地よさそうに風を受ける。 アルゴスもまた、空を見上げて静かに目を細めていた。
「おーい!! ロア!! みんなーっ!!」
ドドドドドドッ!!
遠くから、けたたましいエンジン音を立てて特製蒸気バギーが砂煙を上げて爆走してくる。 運転席から身を乗り出して大きく手を振っているのはルカとテオ、そして助手席で安堵の笑みを浮かべるリゼの姿があった。
キキィィィィィィンッ!!!
バギーが豪快にスピンしながら停止し、ルカが飛び降りる。
「無茶苦茶しやがって! モニター見てるこっちの寿命が縮むかと思ったぜ!!」
「ごめんごめん! でも、ルカとリゼのおかげで勝てたよ」
ロアが笑って親指を立てる。
そして、ロアの後ろから、白髪交じりの男がゆっくりと歩み出た。
「……よう。久しぶりだな、お前ら」
「ガレン……さん」
リゼが口元を覆い、テオとルカが目を丸くする。彼らがずっと探し求めていた、すべてのはじまりの男。 ガレンは照れくさそうに頭を掻きながら、小さく頭を下げた。
「俺の尻拭いで、危ない橋を渡らせちまった。……よく世界を護ってくれたな。ありがとうよ」
「……っ」
ルカが鼻をすする音だけが、静かな荒野に響いた。
それから数日後。
ロアたちは、すべての始まりの場所——村の裏手にある「高台の老木の麓」を訪れていた。
青々とした葉を揺らす巨木の根元には、簡素だが綺麗に磨かれた石の墓標が立っている。世界を救うための「杭」となって消滅した、管理者シオンの墓とそれに寄り添うように立っている小さな墓、ナハトの墓標だ。
ザクッ、ザクッ。
ロアは墓標の前に歩み寄り、想奏槌を地面に置いてしゃがみ込んだ。
スッ……。
ポケットから、シオンが遺した小さな結晶石を取り出し、墓石の上にそっと供える。
「シオン。……お掃除、ちゃんと終わったよ」
ロアは、墓石に向かっていつものように語りかけた。
「じいちゃんも助け出せたし、一番でかい汚れもピカピカにしてやった。もう、世界がバグで崩れることはない。……シオンが守ってくれた世界は、これで全部、大丈夫になったよ」
さわさわ……と。 風が吹き抜け、老木の葉が優しく揺れた。 まるで、少し不器用な青年が、「お疲れ様です」と微笑み返してくれたかのように。
「……聞こえたか?」
ラグが腕を組みながら、ポツリとこぼす。
「ええ。きっと喜んでくれているわね」
ノエルが優しく目を伏せ、祈るように両手を組んだ。
かつて、感情を持たなかったはずの彼が、最後に見せた人間よりも人間らしい涙と笑顔。その記憶は、世界が正常化しても、ロアたちの心の中に確かな「記録」として生き続けている。
「……また、遊びに来るよ。今度は好きだったオイルを持ってさ」
ロアは、石の頭を撫でるようにポンポンと叩いた。
空は青く、どこまでも高く澄み渡っている。ロアは立ち上がり、大きく背伸びをした。
「さて! じいちゃんも家で待ってるし、腹も減った! 帰ってご飯にしよう!!」
「賛成! 今日は私がご馳走を作ってあげるわ」
「おっ、ノエルの飯か。そりゃ楽しみだぜ」
笑い合う仲間たちの背中を、老木の麓に立つ2つ墓標が、静かに、優しく見送っていた。
(第142話 終わり)




