第137話 星の砂時計と人柱の真実
ザクッ、ザクッ。
深い砂を踏みしめる音が、薄暗い地下道に響いている。
砂漠の民の長が「世界が作られた日より古い場所」と呼んだその空洞は、修復されたオアシス遺跡のさらに奥底、ありえないほど深い地下に隠されていた。
壁面には上位階層特有の青白いデータラインが脈打ち、冷たい光を放っている。
「……すげえな。上の砂漠とは完全に別の空間だ。空気がひんやりしてやがる」
ラグが分厚い手で首筋を擦りながら、周囲をねめ回す。
「物理的な地下というより、空間のレイヤーが切り替わっているわね。……ここ、強固なプロテクトで隠蔽されてる。さっきの『絶対削除の裂け目』ですら干渉できなかったアンタッチャブルな領域よ」
ノエルが指先で光のラインをなぞりながら、感嘆の息を漏らした。
ジジッ……ピィン。
前方を歩いていたリンの瞳が、僅かに赤く明滅した。
「解析完了。前方に生体認証ゲート。……間違いありません、あのゲートの設計コード、ガレンが使用していたものと完全に一致します」
「じいちゃんの、セーフハウス……!」
ロアの足取りが早くなる。
通路を抜けた先には、巨大な鋼鉄の扉があった。装飾は一切ない。ただ中央に、手のひらを合わせるための認証パネルだけが青く光っている。
スッ……。
ロアが震える手を伸ばし、パネルに触れた。
ピピッ……ガチャンッ!! ゴゴゴゴォォォォォォ……ッ!!!
重厚な機械音が鳴り響き、何百年も閉ざされていた扉が、左右へゆっくりと分かれていく。中から漏れ出したのは、息を呑むような光景だった。
「これは……」
アルゴスが絶句する。
部屋の中央には、天を貫くほどの巨大な光の柱がそびえ立っていた。いや、柱ではない。それは無数のデータストリームが螺旋状に絡み合う「道」——マスターシステムの中枢へと直接繋がる、光の直通ゲートだった。
そして、そのゲートの根元に、古いコンソールテーブルと、一冊の分厚い革張りの手帳がぽつんと置かれている。
「じいちゃんの手記……」
ロアは吸い寄せられるようにテーブルに近づき、そっと手帳を開いた。
その瞬間。
ブゥゥゥン……ッ。
手帳から淡い緑色の光が立ち昇り、空中に立体のホログラム映像を結んだ。そこに映し出されたのは——無精髭を生やし、疲れ切った顔で笑う、ロアがよく知る「ガレン」の姿だった。
『よう。これが再生されてるってことは……誰か、ここまで辿り着きやがったんだな』
「じいちゃん……!」
ロアの声が震えた。
『俺の知り合いか? それとも上位の連中か? まぁ、どっちでもいい。これを読んでるお前に、一つだけ伝えておくことがある』
ホログラムのガレンは、ふと真顔になり、空中に視線を彷徨わせた。その目は、過去のどこか遠くを見ているようだった。
『……世界は、もう限界だった。下の箱庭も、この上位階層も、バグが侵食して修復不能なエラーが連鎖していた。 システムの中枢は、エラーを処理しきれずに自壊を選ぼうとしていたんだ。すべてを消去して、無に帰すってな』
室内の温度が、急激に下がったように感じられた。
『だが、俺はそれが気に入らねえ。下には、まだ生きてる奴らがいる。不器用でも、一生懸命笑って生きてる奴らがな。だから……俺はシステム中枢に直結し、マスターの権限を強制的に乗っ取った』
「乗っ取った……? ガレンが、マスターシステムを?」
ノエルが息を呑む。
『あぁ。だが、バグの総量は減らねえ。誰かがエラーを引き受けなきゃ、世界は保てない。 だから、俺が全部背負うことにした。 この身をシステムと繋ぎ合わせ、俺自身の存在をフィルターにして、世界に蔓延る絶死のバグを全部……俺の心と体の中に流し込み続けてる』
ピーーーーッ。
リンの警告アラートが、短く鳴った。
「推論一致。……ガレンは現在、システムの中枢で、世界を維持するための『人柱』になっています。全域から発生するバグの痛覚を、たった一人で無限に処理し続けている状態……!」
その言葉に、ラグが顔を歪めて大剣の柄を強く握りしめた。
「ふざけんな……ッ! 何百年もだぞ!? それをたった一人で、ずっと耐え続けてるってのかよ!!」
『……痛ぇし、苦しいし、ぶっちゃけもう消えちゃいてぇよ』
ホログラムのガレンが、自嘲するように笑った。
『でもよ。俺がここでエラーを食い止めてる間に、いつか誰かが、世界を根本から書き換えてくれるかもしれない。
そんな奇跡みたいな確率に、俺の残りの命をベットしたってわけだ。
……悪いな、面倒な尻拭いを押し付けちまって。もしお前が、世界を直せる「お掃除屋」なら……頼む。俺を、終わらせてくれ』
スゥゥゥ……ッ。
映像がノイズと共に途切れ、手帳はただの古い紙束に戻った。
重い、重い沈黙が部屋を満たす。ゲートの青い光だけが、無機質に揺らめいている。
「……アルゴスさん」
ロアが、うつむいたまま口を開いた。
「システムって、どこにあるの」
「この直通ゲートの先だ。マスターシステムの中枢『絶対特異点』。……だが、そこはもう、ただの空間ではない。ガレンの背負ったバグと、世界の狂気が渦巻く地獄だぞ」
アルゴスの声には、明確な恐れが混じっていた。
「行くよ」
ガシッ!
ロアが想奏槌を握り直し、顔を上げた。 その瞳には、涙はない。代わりに、途方もない熱量の光が宿っていた。
「じいちゃんは、ずっと一人で世界をお掃除してくれてた。俺たちを……世界を、守るために。だったら、今度は俺の番だ。じいちゃんが背負い込んだ汚いバグを全部ぶっ飛ばして、世界を新しくお掃除する」
「……ロアくん」
ノエルが微笑み、杖を握る。
「上等だぜ。その地獄、ぶち破ってやろうじゃねえか」
ラグが牙を剥いて笑った。
アルゴスも小さくため息をつき、両手に紫電を這わせる。
「……まったく、無茶な巡礼者たちだ。だが、付き合おう」
「ゲート、開きます」
リンがコンソールに接続し、光の柱がひときわ強く輝いた。
ゴォォォォォォォォ……ッ!!!
風が吹き荒れる。 それは、最奥への道が開かれた音。
「いっちょ、お掃除に行きますか!!」
ロアは想奏槌を肩に担ぎ、光の奔流の中へと真っ直ぐに足を踏み入れた。
(第137話 終わり)




