第14話 『特待検体生』という名の孤独
お読みいただきありがとうございます!学園生活が始まったロアですが、周囲の視線は冷ややかです。
セレステ魔導学園の朝は、あまりに白が過ぎていた。
昨夜、ノエルと一緒に食べたオムレツの温かな余韻さえも、この冷徹な大理石の壁は、不純物として消し去ろうとしているようにロアには感じられた。ロアは、フィオナから半ば強制的に与えられた銀の学園バッジを指先で弄びながら、回廊を歩いていた。通り過ぎる学生たちの視線は、鋭い針のようにロアの背中に突き刺さる。
「……あれが、例の時計塔の異端児か?」
「フィオナ教授の秘蔵っ子だそうだ。魔導バイザーも付けずに、よくあんな情報の濁流の中を歩けるものだわ。野蛮ね」
学生たちが装着しているのは、魔導工学の粋を集めた精密なバイザーだ。それを通じて世界を見ることで、情報の淀みをフィルタリングし、計算可能な秩序として世界を認識する。だが、ロアにとって、そのバイザーこそが最大の曇りに見えた。
「みんな、わざわざ目隠しをして歩いてるみたい!」
ロアは、ゴーグル越しに世界を見る。回廊の壁面に刻まれた、一見すると美しいレリーフ。だがその奥では、不自然な魔力の糸が火花を散らし、空間の強度を無理やり維持している。
バチバチッ。
不快な音と共に、不協和音が響く。それは、世界の表面が剥がれ落ちるのを必死に堪えている悲鳴だった。
「ロア! ぼーっとしてないで! 最初の講義は、大講堂で行われる世界記述学よ」
フィオナが、バイザーを明滅させながら歩み寄ってきた。
「……フィオナ、その服、すごく重たそう。糸が一本、完全に解けてて、そこから力が漏れてるよ?」
「……後で直すわ。今はそれどころじゃないの。……いい、大人しく座っているのよ。絶対に、ハンマーピッケルを出したりしないで」
大講堂の空気は、これまでロアが経験したどんな場所よりも張り詰めた沈黙に包まれていた。登壇したのは、痩身で神経質そうな男。その瞳には、計算つくされた冷酷な法が宿っていた。
「……諸君。今日は、我が世界がいかにしてその調和を保っているかについて説こう」
男が杖を振る。 空間に金色の文字が展開された。それは、万人が魔法と呼ぶものの正体。この不完全な世界の隙間を埋め、あたかも完成されたものとして機能させるための、膨大な補強の跡だった。
キィィィィン……!
耳の奥を刺すような高い音が空間を満たす。物理法則を無理やりねじ曲げるための、世界の軋みだ。
「……うぁっ、汚いなあ」
ロアは思わず、顔を顰めて声を漏らした。彼の耳には、その金文字の羅列が、錆びた鉄が擦れ合うような、耐え難い不協和音として聞こえていた。
「……そこ、フィオナ教授の検体か。何か、不満があるようだな?」
記述官の視線が、ロアを射抜く。
「……不満っていうか、その金色の文字、半分以上はいらないよ? あそこの歪みを剥がして、この繋ぎ目を掃けば、そんなにうるさい音をさせなくたって、もっと綺麗に繋がるのに!」
大講堂が、凍りついた。記述官の顔が、怒りと、そして正体不明の恐怖で歪んでいく。
講義は中断され、ロアは追い出されるように大講堂を後にした。放課後。夕暮れに染まる学園の回廊には、どこか物悲しい静寂が漂っていた。
ロアは、学園の裏庭にある噴水広場へと向かった。そこには、アルゴスが一人で噴水の縁に座っていた。
ビシッ、バチッ。
夕闇の中で、彼の纏う雷神の衣が、毒々しい青い光を放っている。
「……貴様。今日の講義で、記述官を辱めたな」
「……アルゴス。きみ、まだその服着てるんだね。すごく熱いでしょ、それ。火花が身体を削っちゃってるよ?」
「黙れ! ……苦痛こそが、私が学園の頂点に立つ資格そのものなのだ!」
アルゴスの拳は、震えていた。
「……きみの誇り、そんなにボロボロじゃなくてもいいんだよ? ……ねえ、掃除してあげようか!」
「断る! ……次に貴様と話すのは、ランキング戦の舞台だ! 格の違いを見せてやる!」
アルゴスが去った後、ロアは一人、噴水の水面に映る不格好な魔力の反射を見つめていた。屈み込み、そっと水面に指を触れる。
コンッ。
ハンマーピッケルを使わず、指先だけで世界の肌を撫でる。すると、指先の周囲だけ水の歪みが消え、本来の透明へと戻った。
「……やっぱり、ここは掃除が必要だよ。……爺ちゃん、僕、少しだけ、この街の人たちが可哀想になってきちゃった」
ロアはゴーグルを指で押し上げ、夕闇に沈む白亜の都市を見つめた。汚れていることさえ忘れ、その汚れを誇りとして生きる人々。
コンッ。
ロアのハンマーピッケルが、夜の風に少しだけ、寂しそうな音を響かせた。
(第14話終わり)
読んでくださりありがとうございました! 汚れを誇りとする人々。ロアは少しずつ、その悲しみに気づき始めます。
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