第135話 二つ目の箱庭と沈みゆく砂海
「掃除屋さん! 本当にありがとう!」
スチームパンクの街の中心広場で、シルクハットの青年やエプロン姿の職人たちが、空へと昇っていく光のゲートに向けて力一杯手を降っていた。
活気ある人々の声と、街に平和を告げる大時計塔の鐘の音を背に受けながら、ロアたちは空間の狭間へと飛び込んだ。
「やったね、ロアくん! 私たち、ちゃんと世界を直せたんだ!」
ノエルがゲートの転移空間の中で嬉しそうに微笑む。だが、その余韻に浸る間もなく、ルカくん2号・改がけたたましい電子音を鳴らした。
『喜ぶのはまだ早えぞ! 次の二つ目の箱庭世界は、カイムの野郎が仕掛けたデリート処理がすでに半分まで進行しちまってる! このままじゃゲートを出た瞬間に消滅に巻き込まれるぞ!』
「なら、急いで助けに行かなきゃ! ルカくん、出力全開!!」
ロアの想奏槌が極彩色の光を放ち、転移空間の出口である空間ゲートが真っ二つに割れた。
* * *
ドサァッ!
ゲートを抜けた一行が降り立ったのは、強烈な日差しが照りつける、どこまでも果てしなく続く『真っ白な砂漠』だった。だが、単なる荒野ではない。海のようにうねる白砂の波の上には、まるで難破船のように巨大な『古代の石造遺跡』がいくつも点在している、神秘的な砂海ファンタジーの世界だった。
「暑い……! なんなんだよこの星は。さっきの煤煙の街の次は、太陽が焦げる砂漠かよ!」
ラグが額の汗を拭いながら、目を細める。だが、彼らはすぐに気がついた。この砂漠の熱気以上に、異常な「物理的な鳴動」が大地……いや、砂の海全体を激しく揺るがしていることに。
「おい、あれを見ろ! 砂が……流れてるぞ!」
アルゴスが信じられないものを見るように、遠くの地平線を指差した。広大な砂海の遥か中央部。そこに、想像を絶する規模の『巨大なすり鉢状の渦(大流砂)』が発生していたのだ。
その渦は、一つの大陸にも匹敵するほどの途方もないスケールで回転しており、周囲の白い砂や、波間に漂っていた巨大な古代遺跡を、まるでブラックホールのように真っ暗な底無しの奈落へと次々と引きずり込んでいた。
『カイムの仕業だ!』
ルカが急いで解析結果を空間に投影する。
『あの野郎、この箱庭世界の下層システムに【空間の抜け穴】を意図的に開けやがった。あの流砂の底はシステムの外……絶対的な虚無(ゴミ箱)に直結してる。この箱庭世界を、砂ごと全部あの抜け穴から排水溝みたいにデリート(棄却)するつもりだ!』
「なんてメチャクチャなやり方しやがるんだ……!」
ラグが顔をしかめる。 その時、流砂の淵をギリギリで逃げてくる一団の姿があった。馬ほどの大きさのある巨大な砂トカゲに騎乗し、長大なローブを深く被った『遊牧民(砂漠のエルフたち)』だった。彼らは、自分たちの故郷であった美しいオアシスの遺跡が、無情にも流砂の巨大な渦に飲み込まれていくのを、ただ絶望の涙と共に振り返ることしかできなかった。
「……ッ。また同じだ」
ロアが、想奏槌を強く握りしめる。スチームパンクの街でもそうだった。カイムは、そこで泣いている命を一切見ようとしない。ただ世界を維持して軽くするためだけに、冷徹にすべてを削り取ろうとする。
「あんなの、絶対におかしいよ。ルカくん、あの赤い削除マーカーの本体(原因)はどこにあるの!?」
『さっきも言ったろ! この異常な流砂を作っているのは、渦の底にある【巨大な抜け穴(バグの空洞)】だ!』
「ロア! まさかとは思うが、あの規模の大流砂だぞ?」
ラグが警告するように大剣を地面に突き立てる。
「時計塔の時は機械の歯車を直せば済んだが、今回は『大地まるごと穴に落ちて消えかけてる』んだぞ! 俺たちの武器でどうこうできる物理的な相手じゃねえ。あの流砂を想奏槌で叩き潰せるのか!?」
「叩いて直すんじゃないよ。……『栓』をするんだ」
「はぁ!?」
ロアは迷うことなく、流砂に向かって駆け出した。
「お兄ちゃん!?」 「ロアくんっ!?」
止めようとするリンとノエルの声も聞かず、ロアは猛烈な勢いで回転する流砂の渦に向かって跳躍した。 そして、渦の力でちょうど奈落へと引きずり込まれようとしていた「巨大な遺跡の瓦礫」の上に器用に着地した。
「一番下に『穴』が空いて砂が水みたいに抜けてるなら……僕が一番下に落ちて、想奏槌で巨大な栓を『創造』して塞いじゃえばいい! 簡単な理屈でしょ!」
「無茶苦茶すぎる! その前に瓦礫ごと一番下のゴミ箱(虚無)に落ちて消滅しちまうぞ!」
「ラグたちは上で待ってて! 僕が行ってくるからっ!」
「馬鹿野郎! お前一人で生還できるわけねえだろうが!! ここであのお節介を見過ごしたら騎士の恥だぜ!!」
ラグが豪快に舌打ちをすると、黒獅子の大剣を背負ったまま、ロアの後を追って自らも流砂の渦へとダイブした。
「ラグ!? チィッ……ノエル、リン! 急いで私に捕まれ!」
アルゴスもまた、驚く二人を両脇に抱え上げると、紫電を纏ってロアたちの乗る瓦礫へと跳躍した。 彼らを乗せた巨大な石の遺跡は、周囲の砂と一緒に猛烈な速度で回転しながら、真っ暗な世界の裂け目――大流砂の底無しの奈落へと一気に突き落とされていった。
(第135話 終わり)




