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第134話 大時計塔の攻防と赤錆の源泉

「急ぐぞ! 時計の針が一番上に到達する前に、原因バグを叩き潰す!」


 ラグの怒号と共に、ロアたちは街の中央にそびえ立つ『大時計塔』の内部へと突入した。  

 外観通りの巨大な内部空間は、大小無数の真鍮の歯車が絶えず噛み合い、至る所でピストンが単調なリズムで上下し、熱い蒸気のパイプが血管のように張り巡らされた『機械の迷宮』だった。


 だが、その美しい精密機械の神殿は、すでに異形の赤黒い色に侵されていた。


「ギギギギギ……ッ!!」


 塔の螺旋階段を上ろうとしたロアたちの前に、壁や天井のパイプを這い回る「巨大な蜘蛛型の巡回ドローン」が数十体、不気味な機械音を鳴らして次々と姿を現した。  

 本来は時計塔の内部を保守点検するための機械たちだが、その全身には分厚い『赤錆アカサビ』が付着し、赤いカメラアイを凶悪に光らせて侵入者を排除しようと蠢いている。


「数が多いな。……ロア、ノエル!」


 アルゴスが剣を抜き、紫電を纏いながらロアの方を振り返った。


「雑兵の相手をしている時間はない! ここは私とラグで道を開く。お前たちは一足先に、塔の最上階にある動力部(心臓)へ向かえ!」


「任せとけって! リンのごちゃごちゃした支援ナビがあれば、この程度のガラクタの群れ、俺たち二人で十分だ!」


 ラグが黒獅子の大剣を肩に担いで、アルゴスと背中合わせに陣取る。彼らの言葉に、リンもコクリと頷いた。


「了解しまシタ。時計塔内部の空間構造を解析し、ラグさんたちへの最適攻撃ルートの支援ナビゲートと、お兄ちゃんたちへの最速の上昇ルートの確保に専念しマス!」


「みんな、ありがとう! 行くよノエルさん!」 「はいっ!」


 前衛陣の頼もしい背中に守られながら、ロアとノエルは動き続ける巨大な歯車を足場にして、一気に時計塔の最上階を目指して駆け上がっていった。


 * * *


「開けるよ……!」


 最上階。巨大な観音開きの重い鉄扉をロアが押し上げると、そこは街全体を見下ろす巨大な時計の文字盤の裏側だった。  そして部屋の中央にある、時計の針を動かしている一番大きなメインギア(主歯車)に……『それ』は寄生していた。


「あ、あれが……赤錆バグの発生源コア……!」


 ノエルが息を飲む。美しい金色のギアにへばりついていたのは、まるで生きた腫瘍のように「ドクンッ、ドクンッ」と気味悪く赤黒く脈打つ、直径五メートルにもなる『赤錆の巨大な塊』だった。そいつが吐き出す微量のサビが、蒸気パイプを伝って街中の機械を狂暴化させていたのだ。


「あれを叩き潰せば、この世界にはカイムの削除も下りないはずだ! シィッ!」


 ロアが想奏槌を構え、一直線に飛び出そうとした、その時。侵入者を感知した『赤錆の核』が、まるで威嚇するように、表面の無数の穴からブシュゥゥゥッ!と大量の黒い蒸気を噴射した。


「ロアくん、止まって!!」


 ノエルの悲鳴に近い声に、ロアが咄嗟に急ブレーキをかける。  

 彼らが今まさに踏み込もうとしていた床の鉄板が、充満した黒い蒸気に触れた瞬間、ジュゥゥゥッと音を立てて飴細工のようにドロドロに溶け落ちたのだ。


「鋼鉄を一瞬で溶かす『腐食の蒸気ガス』か! こんなの、近付く前にこっちが骨になっちゃうよ!」


 部屋全体を満たすように、赤黒い毒の霧が猛烈な勢いで広がってくる。だが、ノエルが一歩前に出た。彼女の手には、冷たい魔力を放つ白銀の杖が握られている。


「私に任せてっ。……空間の熱量、完全停止――『絶対氷結アブソリュート・ゼロ』!!」


 ノエルが杖を力強く弾き鳴らす。  瞬時に部屋の温度が絶対零度まで急降下し、彼女とロアの前に迫っていた「腐食の蒸気」が、気体から一瞬にして白い氷の結晶(固体)へと強制的に変換され、空中でパラパラと無害な雪のように砕け散った。


「すごい! 蒸気を凍らせた!」


「い、長くは持たないよ! 周りからどんどん新しい蒸気が噴き出してるから……今のうちにっ!」


「十分だ! ――『反発』のルールを使わせてもらうよ!」


 ノエルが作ってくれた氷の真っ直ぐな道を、ロアが弾丸のように駆け抜ける。時計の主歯車に寄生する『赤錆の核』が、再び自己防衛のためにロアの眼前に大量の濃密な腐食蒸気を噴き出した。だが、ロアは想奏槌を強く握りしめたまま、空中で身体を捻った。


「近づけないなら……弾き飛ばす!!」


 ロアが想奏槌に一時的に付与した『反発の概念』。彼がハンマーを振るった瞬間、その目に見えない反発力のドームが、ロアの周囲に立ち込める腐食の毒霧を扇風機のように四方八方へと完全に吹き飛ばした。


「これで、丸裸だ!!」


 視界がクリアになった『赤錆の核』に対し、ロアは時計の命であるメインギア(主歯車)の金色の歯を一切傷つけることなく、腫瘍のど真ん中だけを正確無比に打ち抜いた。


「――お掃除、完了っ!!」


 ガキィィィィンッ!!!!


 極彩色の光が、時計塔の最上階を眩く照らし出した。想奏槌の裁きを受けた『赤錆の核』は、断末魔のような不気味な蒸気を一瞬噴き上げたものの、直後にボロッ、と音を立てて砂のように崩れ去り、光の粒子となって世界から完全に浄化された。


 それを待っていたかのように、軋んでいた巨大な主歯車が、本来の滑らかな音を立てて美しく噛み合い始める。


 ゴォォォォン……!  ゴォォォォン……!


 街中に、錆の取れた美しく澄んだ巨大な時計の鐘の音が響き渡り、タイムリミットの正午を報せた。


『――よっしゃあ!!』


 下階で戦っていたルカくんが、大音量で歓喜の電子音を鳴らすのが聞こえた。


『街中の赤錆が一斉に消滅したぞ! そして頂上にアンカーされてた「カイムの赤い削除マーカー」も、エラー原因の消失と共に完全に消えやがった! デリート回避だ! 俺たちの完全勝利だぜ!!』


「やった……。私たち、やりましたね、ロアくん!」


 ノエルが満面の笑みでロアの胸に飛び込んでくる。ロアもしっかりとその小さな背中を受け止め、想奏槌を下ろしつつ大きく息を吐き出した。  

 時計の文字盤にある外が見えるテラスへと出ると、青空を取り戻したスチームパンクの街で、活気を取り戻した市民たちが安堵に湧いているのが見えた。


「爺ちゃんのやり方でも、絶対に世界は救える」


 それは、単なる追っ手から逃げるだけの少年が、カイムとは全く別のやり方で「一つの一つの世界を護り抜く修復者(お掃除屋)」へと確かな成長を遂げた、彼にとって初めての勝利の証明だった。


(第134話 終わり)

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