第132話 忘却の書庫と箱庭の真実
ドザァァァァァッ!!
空間ゲートから吐き出されたロアたちは、大量の瓦礫の破片と共に勢いよく大地へと叩きつけられた。
「いっ、てて……! 潰されて死ぬかと思った……」
全身の痛みに顔をしかめながら、ロアが身を起こす。だが、彼が転がっていたのは冷たい石の床でも、あの絶望的な雲海でもなかった。 彼らの下敷きになっていたのは、山のようにうずたかく積まれた『古びた本と羊皮紙の束』だったのだ。
「また随分と……毛色の違う場所に放り出されたな」
瓦礫を払いのけて立ち上がったラグが、呆然と周囲を見渡す。そこは、天井の高さが見えないほどだだっ広い、薄暗い屋内空間だった。
見渡す限り、何十メートルもの高さを持つ巨大な木製の本棚がどこまでも立ち並んでおり、空気には古い紙とインク、そしてひどく乾いた埃の匂いが充満している。
『――ここは【忘却の書庫】。マスターシステムにおいて不要になった概念や、切り捨てられた古いデータを保管しておく、いわば情報のゴミ捨て場だ』
ルカくん2号・改が、周囲の空気をスキャンしながらホッと息をつくような電子音を鳴らした。
『カイムの野郎も、まさか俺たちが「死んだデータ」の集まりに飛び込むとは思わなかったんだろう。今のところ、追跡波長は検知されねえ。絶対の安全地帯だ』
「ガレン殿は、こんなどこに何があるかも分からないほど広大な書庫に、次の手記を隠したというのか?」
アルゴスが溜息をつきながら巨大な本棚を見上げる。だが、その手がかりを見つけるのは難しくなかった。巨大な本棚の列の中央に、ひときわ異彩を放つ「巨大なぜんまい仕掛けの地球儀」のモニュメントが鎮座していたからだ。
その古びた地球儀の台座には、かすれかけてはいるが、はっきりと『爺ちゃんの刻印』が深く彫り込まれていた。
「……あった。爺ちゃん、僕らここまで来たよ」
真鍮の台座に、ロアが想奏槌をそっと押し当てる。カチ、カチ、とぜんまいが巻かれるような乾いた音が響き、やがてガレンの落ち着いた声が書庫の中に再生され始めた。
『――ここまで来たということは、カイムの奴がどれほど本気になっているか、逃げながらその肌で味わったはずだ』
ロアたちが息を飲む。
『あいつは、ただのエラーやバグをちまちま狩ることに限界を覚えたらしい。この上位階層の中にはな、お前たちがいた世界だけじゃなく、いくつもの独立した【並行世界(箱庭)】がぶら下がっている』
「箱庭……ルカくんたちが言っていた、別の星のようなものデスか?」
リンの問いかけに答えるように、巨大な地球儀がカタカタと動き出し、強烈な光を放って空中に「巨大な宇宙の星図」のような精密なホログラムを投影した。
『カイムは、システム全体の重さを軽くするために……エラーを出しがちな箱庭(世界)をいくつか選定し、【世界ごと丸ごと削除する】という究極の選定に手を出そうとしている』
「世界を……丸ごと……!?」
ノエルが青ざめた顔でホログラムを見上げる。 投影されたホログラムの中には、ソフトボールほどの大きさで輝く光の球(箱庭世界)がいくつも浮かんでいた。 そして、その中の三つの光の球に、点滅する【不吉な赤いマーカー】が重なろうとしているのがはっきりと見て取れた。
『俺がそれぞれの痕跡にこの手記を残したのは、ただお前たちをあいつから逃がすためじゃねえ。……その赤いマークがカイムの削除対象になった箱庭だ。あいつの準備が整う前に、先回りしてエラーを直し、システムからの削除を回避させるためだ』
ガレンの声が、最後に優しく響く。
『俺は失敗した。だが、お前らなら……あの馬鹿から、他の世界を救ってやれると信じている』
プツン、と通信が途絶え、書庫には再び紙の匂いと静寂が戻った。ロアは空中に浮かぶホログラム――赤い削除マーカーが迫る「三つの箱庭世界」を静かに見つめていた。
「どうする、ロア」
沈黙を破ったのはラグだった。
「俺たちがここから先へ進むってことは、ただ追っ手から逃げ回るだけの逃亡者から、見ず知らずの世界のお節介な救世主になるってことだぞ。向こうの世界に行けば、もちろんカイムの部下もしこたま待ち構えてるはずだからな」
「……爺ちゃんが残した痕跡の意味が、全部わかったよ」
ロアは想奏槌を強く握りしめ、力強い瞳で振り返った。
「爺ちゃんは、僕らに押し付けたんじゃない。『僕らならできる』って託してくれたんだ。……知らない世界でも関係ないよ。あそこに、消されて泣くかもしれないおふくろ(バグ)や人がいるなら……行くのが『お掃除屋』でしょ!」
ロアの迷いのない宣言に、ラグが鼻で笑って大剣を担ぎ直した。
「ハッ。違いねえ。逃げてばかりじゃ気が滅入るからな」
「世界を丸ごと護る……騎士冥利に尽きる使命だ」
「私も……他の世界がどうなっているのか、少し見てみたいデス」
アルゴスが静かに頷き、リンが温かい笑みを浮かべる。ノエルも杖を強く握りしめ、ロアの隣へと並んだ。彼らの瞳には、カイムへの恐怖や絶望ではなく、確かな『反撃の意志』が宿っていた。
『よしッ! なら作戦会議は終わりだ! 早速で悪いが、赤いマーカーが一番やばい世界への空間ルートを開くぞ!』
ルカの電子音と共に、ホログラムの星図が激しく回転し、目的地への巨大なゲートが書庫の中央に開かれた。
「カイムにすべてを消される前に……! 僕らが世界を直して救いに行く!!」
逃亡の旅は終わった。ここからは、上位階層に連なる箱庭世界を一つずつ巡り、カイムの執行よりも早く世界のお掃除を完了させる『並行世界防衛(救済)の旅』が始まるのだ。
(第132話 終わり)




