第131話 葬刃槌の真実と崩壊する島
「よし、免疫塔の波長が完全に途絶えたぞ! これであいつらのレーダーから俺たちの現在地はロストした!」
ルカくん2号・改が肩口で誇らしげに電子音を鳴らす。
カイムの手先が来る心配がなくなったことで、一行は強風の吹き荒れる浮遊島を安全に探索し、やがて島外れの絶壁に建つ「崩れかけた空中神殿」の奥の小部屋へと辿り着いた。
そこは、石造りの祭壇に見せかけたガレンの隠れ家だった。
祭壇の中央に置かれた古い石碑に『爺ちゃんの刻印』を見つけたロアが、想奏槌をそっと押し当てる。 共鳴音と共に、風の音に混じってガレンのしわがれた声が響き出した。
『――もし、カイムがあの「黒いハンマー」を振り回しているなら、それは全部……俺のせいだ』
「え……?」
ガレンの残した予想外の言葉に、ロアは思わず息を飲んだ。
『あいつの持っている「絶対消去」の武器……【葬刃槌】は、もともとは俺があいつのために作って贈ったものだったんだよ』
石碑が淡く点滅し、過去の悔恨を絞り出すように声が響く。
『俺が作った「想奏槌」は、バグを直して新しい形を【創造】する。だが、それだけだと世界は重くなりすぎる。だから、完全に死んでしまって復元不可能なデータ(限界を迎えたゴミ)だけを、世界に負担をかけないように優しく【削除】し、マスターシステムを守る……そのためのハサミの役割として、葬刃槌を作ったんだ』
「じゃあ……なんであんなことに」
『……世界が重さの限界(100%)を迎えたからだ』
ガレンの声に、深い悲しみと怒りが混じる。
『カイムは、自分の限界を知っちまった。これ以上優しく直していては、全員が沈むと。……だからあいつは、俺の作ったハンマーを、すでに死んだゴミを掃除するためではなく……「まだ生きていて、泣いているエラーの子供たち」を、無理やり削り取って殺す『死神の鎌』として使うようになった。……俺たちは、そこで完全に決別したんだ』
ガレンの悲痛な告白に、重苦しい沈黙が落ちた。 ロアの持つ『想奏槌(創造)』と、カイムの持つ『葬刃槌(消去)』。 全く対極の力を持つ最強の二つのハンマーは、もとは「相反する対」ではなく、「世界を救うための表裏一体の道具」として、お掃除屋ガレンの手によって生み出されていたのだ。
ロアが、自身の想奏槌を強く握りしめる。 「爺ちゃんは悪くないよ。カイムが使い方を間違えただけだ! 僕は絶対、あの黒いハンマーに――」
『ピィィィィィィィィィィィィィッ!!!』
突然、ルカくんが耳をつんざくような異常な警告音を立てた。赤いランプが、今までにないほどのけたたましい速度で激しく明滅している。
『マズい! マズいマズいマズい! 回避しろぉっ!!』
「ルカくん!? 免疫塔は壊したはずじゃ……」
『ちげえ! 猟犬の群れじゃねえ!! この異常な高密度のデータ波長……さっきのレーダー断絶地点から逆算して、カイムの野郎が【単騎で】超音速で突っ込んできやがったんだ!!』
「本人が、直接ここへ!?」
ラグが叫んだ直後。神殿の分厚い石の天井が、ガラスのように「音もなく」粉々に砕け散った。
いや、砕けたのではない。空間ごと『消去』されたのだ。天上から降り注ぐ強烈な陽光を背に、黒い外套を翻した一人の男――カイムが、空中から無表情に一行を見下ろしていた。
「不愉快なウイルスどもめ。ここが貴様らの足跡か」
カイムは空中に浮かんだまま、腰から『葬刃槌』をゆっくりと引き抜いた。もはや一抹の猶予もなかった。あれは、ガレンが作り出し、彼自身が死神の鎌へと変えてしまった「対話無用のシステム」だ。
「ロア! 逃げろ!!」
アルゴスが叫び、ラグがノエルとリンを庇うべく前に出る。だが、カイムはロアたちを直接狙うような真似はしなかった。彼ははるか上空から、大上段に黒い大槌を構え――彼らが立っている巨大な浮遊島『そのもの』のど真ん中へ向けて、渾身の力で振り下ろした。
「――消去」
凄まじい黒い斬撃波が、空を裂いた。
ゴゴォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
「なっ……!?」
ラグが空中で絶句した。カイムの一振りから放たれた絶対消去の波が、分厚く巨大な浮遊島の大地を、文字通り豆腐のように『真っ二つ』に両断したのだ。神殿の床が割れ、足場を失った巨大な岩盤や、遺跡の重い破片が、悲鳴を上げるロアたちを乗せたまま、遙か下の分厚い雲海へと一直線に崩落していく。
「ただの猟犬程度に追わせた俺のミスだ。……逃げられると思うな、エラー共」
落下していく瓦礫の雨を見下ろしながら、カイムが冷酷に宣告する。
「ぐあぁぁぁっ! 高すぎる、このままじゃ雲海に落ちてペシャンコだ!!」
「ロア! 『次の座標』は拾えたのか!?」
落下するパニックの中、アルゴスが叫ぶ。ロアは宙を舞う瓦礫の破片を蹴って態勢を立て直しながら、ガレンの石碑からかろうじて引き抜いていた想奏槌を強く握りしめた。
「ルカくん! オペレーション・スタート!!」
『入力済だ! タイミングを合わせろ!!』
猛烈な風圧で目も開けられない中、ロアは自分たちと一緒に落下していく巨大な柱の残骸に向けて想奏槌を振りかぶった。 激突まで残り数秒。雲海の底が間近に迫る絶望的な暗闇の中、
「ここで全滅なんて、させてたまるかァァァッ!!」
ロアの想奏槌が柱に激突し、極彩色の光が暗い雲海を強烈に照らし出した。次の空間へと繋がるゲートが、落下軌道の真下――奈落の底に、奇跡のようにパカリと口を開ける。
ドザァァァァァッ!!
巨大な瓦礫と共に飛び込んだ瞬間、無情に閉じた光のゲートが、カイムの放った第二の追撃波から間一髪で彼らを飲み込んだ。 残された巨大な島の欠片だけが、ただ虚しく厚い雲の底へと音もなく消え去っていった。
(第131話 終わり)




