第130話 反撃の狼煙と空の免疫塔
空間のゲートを抜けると、強烈な突風がロアたちの全身を激しく打ち付けた。
「うわあっ! 目が開けられない……!」
「吹き飛ばされないように姿勢を低くシテ!」
ノエルが悲鳴を上げ、リンが的確な指示を飛ばす。彼らが次に降り立ったのは、果てしない青空の中に、無数の巨大な岩石の島々と崩れかけた古代遺跡が浮かぶ、広大な『浮遊島エリア』だった。
島と島の間に橋はなく、眼下には底の見えない分厚い雲海がどこまでも広がっている。
『チィッ、一息つく暇もねえぞ! 早速マズいことになった!』
ロアの肩口で、ルカくん2号・改が警告の赤いランプを激しく点滅させた。
『この空域にある【システムの免疫塔】……要するにカイムの広域レーダーに、俺たちの固有波長が捕捉されやがった! あと十分もすりゃ、あの「猟犬(処刑部隊)」が空を埋め尽くすほど押し寄せてくるぞ!』
「なら、また急いでゲートを開いて別の座標に……」
「いや、ちょっと待って」
アルゴスの提案を遮り、ロアが鋭い視線で空中の『ある一点』を見据えた。
「それだと、ずっとあのカイムに見つかって、怯えながら逃げ続けるだけの『狩られる獲物』になる。……あそこだよ」
ロアの指差した先。彼らから少し離れた空域に浮かぶ最も巨大な島に、無機質で不気味に赤く明滅する巨大な『アンテナ塔』が突き刺さるように建っていた。
「あいつがマスターシステムの『免疫』だって言うなら……向こうが熱を出すくらい、僕らが最悪の『ウイルス』になればいい。ルカくん、あの塔を壊したらどうなる?」
『あ? ……ハッ、なるほどな! あいつの網とアンテナを【お掃除】すりゃ、この一帯の空域は完全にカイムの監視網から切り離される! ロスト状態(停電)だ!』
「よし、決まりだな」
ラグが楽しげに笑い、分厚い『黒獅子の大剣』を力強く肩に担ぎ直した。
「逃げて背中を刺されるより、システムの横っ腹をぶち抜く方が、どう考えても俺たちらしいぜ。行くぞ!」
一行は決意を固め、アンテナ塔の建つ巨大な浮遊島に向けて駆け出した。
『――対象の脅威度上昇。排除プロトコル、フェーズ3・エアリアル(防空)展開』
彼らが島を繋ぐ岩の階段に足を踏み入れた瞬間、アンテナ塔から無機質な機械音声が響き渡り、空を黒く染め上げるほどの無数の『飛行型ドローン(エアリアル・バグ)』が射出された。
「クソッ、空を飛ばれちゃ手が出せねえぞ!」
鳥のように鋭い金属の翼を持ったドローンたちが、死角からの一斉射撃を下界のラグたちに浴びせてくる。 大剣を振るおうにも、敵は遙か上空。ジャンプで届く距離ではない。
「空中戦なら……足場を作ればいいんだよね!」
ロアが新しく手にした『概念創造』に想奏槌を輝かせる。彼はラグとアルゴスのブーツの底を想奏槌でコンッ、コンッと順番に叩いた。
「二人の靴に『空間反発(見えない足場)』のルールを付与したよ!」
「なるほど! 空気を踏んで跳べるってわけか。最高だぜお掃除屋!!」
ラグが地面を思い切り蹴り上げる。ズドンッ!という爆音と共に、規格外の巨体が空高く跳躍した。 本来ならそのまま重力に従って落ちるはずだが、ラグは空中の何もない空間を『足場』にして蹴り、さらに一段、二段と空を駆け上がっていく。
「空中の敵だと言うなら、叩き落とすまで!」
アルゴスもまた、紫電を纏って空を縦横無尽に駆ける。空を自由に飛び回れるようになった二人の歴戦の戦士にとって、規則的な動きしかしないドローン部隊など、もはや造作もない的でしかなかった。
「オラァァァッ!!」
「シィッ!!」
ラグの大剣がドローンを十機まとめて空中でスクラップに変え、アルゴスの雷の連撃が空気を焦がしながら敵を次々と墜落させていく。
「ノエルさん、リンちゃん、走って!」
「うんっ!」
ロアたちはついに目的の浮遊島に辿り着き、巨大なアンテナの真下へと到達した。
「さぁ、ウイルスからの熱烈なプレゼントだ。……お掃除、完了っ!!」
ロアが渾身の力を込めて、想奏槌を免疫塔の太い支柱に叩き込む。
ガァァァァァァァァンッ!!!!
想奏槌から放たれた強烈な「破壊」のプログラムが基盤に直接流し込まれ、巨大な通信アンテナは根元から派手な火花を散らしてへし折れた。赤いランプが完全に沈黙し、免疫塔はその機能を永久に停止した。
* * *
――同時刻。上位階層の遙か奥地にある、冷たい電子音だけが響く純白の空間。カイムは手元の巨大なホログラム・コンソールを静かに行き下ろしていた。
ピィ……。 ディスプレイに表示されていた「監視グリッド(網)」の一部が、突如として黒く(ブラックアウト)塗り潰された。
「……第7環境区画。免疫塔の機能完全停止を確認。対象の座標、ロスト」
コンソールが機械的な報告を上げる。カイムは、感情の読めない氷のような瞳で、黒く塗り潰されたディスプレイの領域を見つめていた。
「ただ怯えて逃げ回るだけではなく、自らシステムの目を潰しに来たか」
カイムの低い声が純白の部屋に響く。それは、彼が今まで相手にしてきた単なるエラーやバグには絶対にない、明確な「意思」と「反抗」の証明だった。
「……ガレン。やはりお前の遺したあのハンマーと、意志を持ったエラーの群れは、この世界において誰よりも危険な『最大のウイルス』だ。これ以上の拡散は、何としても俺が直接防護する」
カイムが、腰の『葬刃槌』に静かに手を添える。その顔に表情はなかったが、冷徹な執行者の張り詰めた空気の中には、今までになかった明確な『敵意(殺意)』の色が確かな熱を帯びて混じり始めていた。
(第130話 終わり)




