第129話 :森の防衛と重力の概念
「グルルォォォォォォォォッ!!」
古代の巨大な岩と太い蔦、そして緑色の鉱石で構成された体長十メートルの巨獣が、地鳴りを上げて突進してくる。
「デカい図体して、速えッ!」
ラグが咄嗟に『黒獅子の大剣』を盾のように構えるが、丸太のような岩の腕の振り払いに耐えきれず、大柄な体が後方へと大きく弾き飛ばされた。
「だったら、こっちだ!」
アルゴスが横から回り込み、紫電を全身に纏って巨獣の脚部へ鋭い刺突を見舞う。だが、剣の切っ先は表皮を覆う緑のクリスタルに阻まれ、甲高い金属音と共に浅く弾かれた。
「硬い……! あの鉱石の装甲は魔力を弾くのか!」
「アルゴスさん、危ない!!」
ノエルが巨獣の頭上から無数の氷柱を降らせるが、それらもまた、クリスタルの淡い光に触れた瞬間に浅く砕けて溶けてしまう。
純粋な物理的装甲の硬さと、魔法攻撃を弾く驚異的な耐性。そして何より、あの巨体を動かしている狂乱のバグのノイズが、環境防衛ゴーレムを圧倒的な理不尽の化身へと変貌させていた。
「チィッ……装甲が分厚すぎる! 俺の一撃なら割れるだろうが、剣が文字通り『重すぎて』、あんなに動き回る的の急所に連続で叩き込むのは無理だぞ!」
ラグが悔しげに大剣を構え直す。一撃の強烈な破壊力はあるが、隙が大きいという大剣の宿命だ。
「よし。なら……僕が全部、僕たちに(・・・・)ちょうどよくするよ!」
森の大樹を背にして、ロアが一歩前に出た。彼の手には、先ほどガレンの記録水晶から新たなパッチ(能力)をインストールされたばかりの『想奏槌』が、力強く極彩色の光を瞬かせている。
「システムのお偉いさんが物理法則にふんぞり返ってるなら……僕は、その大元のルールごと『創造』しちゃうんだから!!」
ロアは想奏槌を高く振り上げると、巨獣に向かって走るのではなく、自身の真正面にある「地面」へと渾身の力で叩きつけた。
ドゴォォォォンッ!!
「……ッ!?」
大地に走った極彩色のひび割れが、瞬く間に巨獣の足元の空間へと広がる。直後、周囲の木々は一本も揺れていないというのに、巨獣の体だけが目に見えない凄まじい力で地面へと押しつけられた。
「グガァァァァァッ!?」
「な、なんだ!? 奴の体が急激に沈み込んだぞ!?」
「『超重力』だよ!」
驚くラグに、ロアが叫ぶ。
「想奏槌で、あいつの足元の空間にだけ『何十倍もの重力』の概念を作ったんだ! あれだけ大きくて硬くて重い岩の体なら、重力が高くなればなるほど、自分の巨大な重量に耐えきれなくて自滅するはずだ!」
ロアの読み通り、凄まじい超重力に晒されたゴーレムの全身から、メキメキと岩がひび割れ、蔦が千切れる鈍い音が響き渡る。強大な脚部が自身の体重を支えきれず、巨獣は大地に這いつくばるように完全に膝をついて停止した。
「すげえ……完全に動きが止まったぜ! だが、あの硬い機体の急所はどうする!」
「もちろん、こっちも『お掃除仕様』にするよ! ラグ、アルゴスさん、武器を出して!!」
ロアが走る。 彼はすれ違いざまに、ラグが構えていた黒獅子の大剣の刀身を想奏槌でコンッと軽く叩き、そのままの勢いでアルゴスの長剣の柄も背後から叩き抜いた。
「な、なんだぁ!?」
ラグが目を丸くする。 自分の腕が急に馬鹿力になった錯覚。いや、違う。規格外の重量を誇り、振り切るのに体力を大幅に消費するはずの漆黒の分厚い大剣が……まるで『小枝や羽のような軽さ』になっていたのだ。
「ラグの剣には『反重力(超軽量化)』のルールを付与したよ! アルゴスさんの剣には『爆発的な推進力』のルールだ!」
ロアの想奏槌から、質量を持った物質(壁や物)ではなく、『概念』というルールそのものが即席で彼らの武器へと創造されていた。
「重さがない大剣だと……!? ハッ、なら手数は一気に万倍だぜ!!」
ラグがニヤリと凶悪に歯を見せて笑う。 彼は羽のように軽くなった自分丈ほどもある巨大な大剣を、まるで片手剣のように軽々と素早く振り回しながら、地を這うゴーレムへと肉薄した。
「オラオラオラァァァッ!! 全部叩き割ってやる!!」
ズガンッ! ドガンッ! ゴシャァァァンッ!! 本来あり得ない異常な速度で繰り出される、大兵器の怒涛の連撃。 魔法を弾くクリスタルの装甲も、絶え間なく続く凄まじい速度と手数の前には耐えきれず、次々と粉々に砕け散っていく。
「素晴らしい補助だ! これなら!!」
アルゴスが長剣を構えて突進する。 剣を突き出した瞬間、付与された『爆発的推進力』の概念によって彼の動きは雷そのものへと変貌した。 光の尾を引いて縦横無尽に放たれる神速の連続刺突が、ラグが砕いた装甲の隙間から巨獣の岩の内部を的確に破壊していく。
「ガ、アァァァァァァ…………ッ」
超重力によって指一本動かせないまま一方的に装甲を剥がされ、ついにゴーレムの分厚い胸部から、赤黒いノイズを放つ巨大な『バグの核』が剥き出しになった。
「ノエルさん、今デス!」
「任せて! いっくよー! ――『絶対零度の柩』!!」
リンの的確な解析サポートを受け、ノエルが杖を振り下ろす。 装甲という抵抗力を失ったコアは、最高出力の絶対零度の吹雪を直接浴びて、パキパキと音を立てながら白く不気味な氷の塊へと変わっていった。
「仕上げだよ!!」
最後に、ロアが高く跳躍する。 大きく振りかぶった想奏槌が、完全に凍りついたコアのど真ん中へと正確無比に叩き込まれた。
「――お掃除、完了っ!!」
パキィィィィンッ!!!!
美しくも甲高い破砕音が森に響き渡った。コアを破壊されたゴーレムはピタリと動きを止め、やがてその巨大な体は赤黒いノイズと共に清らかな光の粒子へと分解され、風に吹かれて森の奥へと溶けていった。
「…………ふぅ。やったぜ」
ラグが肩で息をしながら、元の重さに戻った大剣を背中に収める。 狂暴化した守護獣を浄化したことで、森には再び、小川のせせらぎと蝶の舞う平穏な大自然の静寂が戻っていた。
「見事な戦場支配(采配)だったな、ロア」
アルゴスが剣を収めながら微笑む。 今までの彼らの戦いは、個人の武力や魔法に依存した部分が大きかった。だが、今のロアが作り出した『物理法則の後付け』による戦闘空間の支配は、お掃除屋という立場のもつ真の恐ろしさと可能性を証明していた。
『ロケット花火みてえな戦い方しやがって。……だが、おかげで時間が稼げたぜ』
ロアの肩に戻ったルカくんが、機嫌の良さそうな電子音を鳴らした。
『カイムの追尾センサーの圏外まで逃げるための、次の座標とルートの暗号化が終わったぞ。アイツにお茶飲み場(この森)がバレる前に、さっさと飛ぶぞ!』
「うん!……爺ちゃん、行ってくるよ」
ロアは、ガレンの手記が残されていた中央の緑の水晶を想奏槌でコンと軽く叩いた。 彼らは温かな木漏れ日の差す隠れ家の大樹に別れを告げる。そしてロアが空中に描いた新たな光の空間ゲートへと、次なる足跡を求めて飛び込んでいくのだった。
(第129話 終わり)




