第127話 二つのハンマーの衝突と逃亡
「見せてみろ。お前の甘ったるい『創造』の力を」
カイムが、漆黒のハンマー『葬刃槌』を肩の高さまで静かに持ち上げる。
なんの予備動作もない、ただ腕を横に振るだけの無造作な軌道。だが、その打面から発生した「絶対消去」の黒い波紋が、大気を抉り取りながらロアとリンへと一直線に迫ってきた。
(正面から打ち合うな! 消されるなら……消される以上の分量で盾を作ればいいっ!)
「……シィッ!!」
ロアはカイムに向かってではなく、自分の足元の地面――山のように積まれたスクラップの残骸に向かって『想奏槌』を全力で叩きつけた。
ガガガガガッ!! ロアの『創造』の力により、数メートルもある分厚い鉄骨とコンクリートの残骸が瞬時に組み上がり、強固な防壁となってロアたちの目前に出現する。
直後、カイムの放った黒い波紋が鉄骨の壁に触れた。 先ほどのラグたちの攻撃と同じように、分厚い鉄の壁が音もなく、シャボン玉が割れるように空間ごと綺麗に「消去」されていく。
「無意味だ。ゴミで防御を固めようと、俺のハンマーの前には――」
「一つじゃない! まだだッ!!」
防壁が消去された直後には、すでにその後ろに『二つ目の防壁』がロアによって創造されていた。二つ目が消されると、三つ目。三つ目が消されると四つ目。
ロアは額に大粒の汗を浮かべながら想奏槌を乱打し、カイムの消去エネルギーを上回るすさまじい速度で「消されるためだけの不要な防壁」を無限に乱造し続けたのだ。
「……なるほど。相殺させて時間稼ぎか。小賢しい真似を」
カイムがわずかに眉を顰める。 絶対的な消去を誇る波紋も、無限に湧き出すデコイの壁をかき消すうちに、ロアの足元に届く頃にはそのエネルギーを消費し、完全に霧散していた。
「――だが、いつまで持つかな?」
カイムが葬刃槌を構え直す。今度は片手ではなく、両手でしっかりと柄を握りしめ、圧倒的な密度の黒いオーラをハンマーの先端に収束させ始めた。
(……マズい! 次のやつの規模は、壁を作り続けるだけじゃ相殺しきれない……ッ!)
ロアが顔を青ざめさせた、その絶体絶命の瞬間だった。
『ロア! 受信して、ゲートを開け!!』
「ルカくん!?」
吹き飛ばされて倒れていたラグとアルゴスの肩で、ルカくん2号・改が激しく明滅し、強烈な電子音を鳴らした。小さな球体の限界を超えるほどの熱を帯びながら、ルカは自身の演算能力をフル稼働させ、局地的な『逆位相ジャミング』をカイムの周囲にだけピンポイントで展開した。
「チィッ……解析システムの分際で、俺のターゲティングに干渉するか……!」
カイムが忌々しげに舌打ちをする。ルカの決死のジャミングにより、葬刃槌が捉えていたロアの「消去座標」が一瞬だけ大きくブレた。
『さっきの親父の端末から、「次のセーフハウスへの空間座標」をぶっこ抜いておいた! このままじゃ全滅だ! ――空間に穴を開けて、そこへ飛び込めぇっ!!』
「ルカくん、ナイス!!」
ルカから転送された座標データを受け取ったのと同時に、ロアが想奏槌を高々と掲げた。
「ラグ! アルゴスさん! ノエル!」
「分かってる! ――『極大雷鳴』ッ!!」
立ち上がったアルゴスが長剣を天に掲げ、カイムの視界を真っ白に染め上げる超高圧の落雷を投下する。さらにロアが足元の砂塵とスクラップを空中に巻き上げる『砂塵爆発』を創造し、ノエルの吹雪がそれを広範囲に散布させた。
すべては反撃ではなく、相手の目とセンサーを完全に塞ぐための目眩まし。極彩色の光が空間のノイズを切り裂き、ルカの指定した座標へと繋がる『光のゲート』が空中に顕現した。
「リンちゃん、手を! 行くよ!」
「ハイっ!」
ロアがリンの手を強く引き、ラグ、アルゴス、ノエルと共に、一行は躊躇うことなく光のゲートの奥へと飛び込んだ。
シュゥゥゥン……! 一行が飛び込んだ直後、ゲートは弾けるように閉じて空間から消え去り、あとには猛烈な砂塵と雷の余波だけが残された。
「…………」
砂塵が晴れた後。 そこには、服の汚れ一つない無傷のカイムが、静かに佇んでいた。
彼は忌々しげに逃亡の跡を睨むこともなく、ただ悠然と、ロアたちがさっきまで立っていた場所へと歩み寄る。
「……どこへ逃げようと、この上位階層のすべてはマスターシステムが管理する庭だ。出口などない」
カイムの黒い瞳が、虚空に残ったゲートの僅かな痕跡(波長)を冷徹に捉えた。彼にとって、狩りはまだ終わっていない。エラーという害悪を完全に刈り取るため、執行者はゆっくりと、新たな決意と共に彼らの足跡を追い始めた。
* * *
「うわああぁぁぁぁっ!?」
空間のゲートから放り出されるようにして、ロアたちは勢いよく大地へと転がり出た。
「い、痛っ……。もう、ロアったらゲートの出口の調整がいつも雑なんだから!」
ノエルが文句を言いながら顔を上げる。 てっきりまた、ひび割れたアスファルトか錆びた鉄板の上に落ちるものだとばかり思っていた。
だが、ノエルが手をついていたのは、驚くほど柔らかく、湿り気を帯びた『ふかふかの緑の芝生』だった。
「……えっ?」
ロアたちが呆然と周囲を見渡す。 彼らが不時着したのは、機械とスクラップの谷ではなかった。 視界を埋め尽くすほどの巨大な『世界樹』のような大樹が幾本もそびえ立ち、その葉の隙間から、優しく温かな木漏れ日が降り注いでいる。どこからか清らかな小川のせせらぎが聞こえ、色鮮やかな光を放つ蝶たちが静かに宙を舞っていた。
「ここって……自然の森……!?」
「……『環境シミュレーション区画・サンクチュアリ』デスね。システムの中枢から見放され、意図的に保護された特別領域のようデス」
リンが、珍しそうに飛んできた光る蝶を指先に留まらせながら静かに解析した。
冷徹な機械の階層の中に隠されていた、美しき大自然の箱庭。 ガレンが遺した座標の先、新たなセーフハウスでの時間が静かに動き出そうとしていた。
(第127話 終わり)




