第125話 不屈の連携と黒猫の影
「させねえよォッ!!」
空気を焼き焦がす鋭い音を立てて射出された極太の『消去レーザー』に対し、ラグは回避することなく、自らの身体と『黒獅子の大剣』の分厚い刀身を真横にして、正面から盾のように構えた。
ドッバァァァァァァァンッ!!
赤い高密度の光線が大剣の腹に直撃し、凄まじい衝撃波が砂嵐とスクラップを吹き飛ばす。
「ぐ、おおおおぉぉぉぉぉッ!!」
圧倒的なエネルギーの奔流に、ラグの太い腕の筋肉が悲鳴を上げ、踏みしめた分厚いブーツが赤茶けた大地を深く抉りながら後退していく。
だが、彼は決して膝を折らなかった。
(……この程度の重さ、あの時(・ ・ ・)に比べりゃどうってことねえ!!)
かつて、愛用していた大剣を破壊され、鋼鉄の盾一枚で仲間を守り抜くと誓った『我慢の時期』。
あの絶望的な防衛戦の極限状態に比べれば、この新しく強力な相棒(大剣)を握っている今の自分は、どこまでも持ち堪えられると確信していた。
「ラグ! ムリしないで、避け――」
「退くなロア! 大丈夫だ、こいつは俺が絶対に食い止める!!」
ラグの顔に血管が浮き上がり、レーザーの熱で黒獅子の大剣が赤く発光し始める。それでも彼の背中だけは、ロアとリンたちの前に立ちはだかる巨大な防壁として機能していた。
「っ……『創造』も『魔法』もジャミングで展開できない! このままじゃジリ貧だぞ!」
アルゴスが舌打ちし、剣を強く握りしめたその時だった。
『ザ……ピーッ! ロ、ロア……ッ!』
砂塵のノイズに埋もれ、沈黙していたルカくん2号・改が、ロアの肩の上で一瞬だけ激しく点滅した。
「ルカくん!? 通信が繋がったのか!?」
『ジャミングの……波長の隙間……一秒だけ持つ……!! いいか、奴の背中……砲身の根元にある【十字のアンテナ】……! それが、厄介なジャミングの【コア】だ……ッ!! 壊、せ……! ツーーー……ッ』
再び通信が途絶えたが、そのたった一言のアドバイスが、ロアたちの反撃の糸口を開いた。
「背中のアンテナ……! でも、僕の『創造』の力は奴の波紋で分解されちゃうのに、どうやって……」
「ロア。お前の持っているそれは、何だ?」
大剣でレーザーを耐え凌ぐラグの背中越しに、アルゴスが静かに問いかけた。
「システムのお偉いさんが、わざわざそれを『ジャミングで無効化しようとした』ってことは、それだけその想奏槌を恐れている証拠だ。……創造ができないなら、どうする?」
「……あ。そうか……! 爺ちゃんも言ってた!」
ロアは目を見開いた。 想奏槌の本来の力は、新しいルールを作る『創造』ではない。システムにこびりついた汚れ(バグ)をこそぎ落とす、お掃除屋としての『破壊』の力だ。
ロアは想奏槌を強く握り直すと、不敵な笑みを浮かべた。
「ラグ! 上に弾いて!!」
「おうよッ!! ハァァァァァァッ!!」
ラグが渾身の叫びと共に、腰の捻りを使って黒獅子の大剣を強引に斬り上げた。直撃していた赤い消去レーザーが、大剣の傾きによって軌道を無理やり上空へと逸らされる。
その一瞬の隙を見逃さず、アルゴスがアルファ個体の視界を奪うための強烈な電光を放ち、ロアが一気に敵の懐へと飛び込んだ。
『――対象の接近を感知。迎撃プロトコル――』
「遅いっ!! 邪魔なゴミは、まとめてお掃除させてもらうよ!!」
ロアはアルファ個体の側面に回り込むと、思い切りジャンプし、背中の砲身の根元――ルカが解析した『十字のアンテナ(コア)』に向かって、渾身の力で想奏槌を叩き込んだ。
ガギィィィィィンッ!!!!
創造の力ではなく、物理的なデータ破砕のプロセスを注ぎ込まれた想奏槌が、黒曜石のような強固なアンテナを根元から完全にへし折った。
「パキンッ」と高い音を立てて、周囲空間を支配していた不快な黒い波紋が霧散していく。
「リンちゃん! 今だね!?」
「ハイ! ノエルさん、敵の左側面、装甲の継ぎ目に一秒の遅延が発生していマス!」
「よーし、待ってましたぁっ! 大奮発いくわよ! ――絶対零度の柩!!」
鬱憤を晴らすかのように、ノエルが最高出力の極大氷結魔法を解放した。リンが指定した左半身の関節の隙間から絶対零度の冷気が急激に侵入し、アルファ個体の巨大な下半身を丸ごと大地に縫い付けるように凍結させる。
『……移動機能、致命的損傷。システム、エラ――』
「これでチェックメイトだ」
身動きが取れなくなった巨大な猟犬の頭上から、紫電を限界まで纏わせたアルゴスの長剣が、急所たる論理回路を正確に貫いた。
その直後、レーザーを弾き終えて筋肉から湯気を立てているラグが、大上段から『黒獅子の大剣』を力任せに振り下ろす。
「ウオォォォォォラァァァァァァッ!!!!」
轟音。
アルファ個体の分厚い装甲は、ラグの圧倒的な一撃によって真っ二つに両断され、膨大なスパークを散らしながら完全に沈黙した。崩れ落ちた巨大な残骸が光の粒子となって分解され、赤茶けた砂嵐の中に溶け込んでいく。
「……ふぅ。お掃除、完了だね!」
ロアが想奏槌を肩に担ぎ、汗を拭いながら笑った。 無数に湧いていた他の猟犬たちも、リーダー個体が消滅したことによるエラーで次々と機能を停止していた。一行の初めての連携バトルは、彼らの完全な勝利で幕を閉じた。
――しかし。 歓喜に湧く一行の様子を、砂塵の彼方から静かに『観測』している存在があった。
「ニャァ……」
遙か上部にある錆びた巨大歯車の上。そこに佇んでいたのは、本物の獣ではなく、精巧な機械仕掛けの『一匹の黒猫』だった。
黒猫の両目に埋め込まれた赤い光学レンズが、ロアたちの戦闘データ――特に、ロアが最後に放った『破砕』の一撃の波長を克明に記録し、リアルタイムで上位中枢へと転送している。
『――なるほど。ルールを書き換える「創造」だけでなく、こちら側の理を削り取る「破壊」の力も健在、というわけか』
黒猫の内蔵スピーカーから、冷淡で男の低い声が微かに漏れ出した。
『ゴミどもが何匹集まろうが、数式の脅威にはならない。……だが、あのハンマーと、厄介な解析システム(ルカ)だけは、ここで確実に始末する必要がありそうだな』
カイムの声は、どこまでも氷のように冷たく、絶対的な自信に満ちていた。黒猫はふいっと身を翻すと、次の瞬間には砂嵐の向こうへと音もなく姿を消した。
本物の『システムの執行者』が、ロアたちを葬るために自ら動き出そうとしていることを、一行はまだ誰も知らなかった。
(第125話 終わり)




