第124話 砂嵐の迎撃戦とシステムの猟犬
「ガウゥゥゥゥッ!!」
赤茶けた砂塵を切り裂き、四足歩行の機械獣たちが一斉に跳躍した。金属の骨格を剥き出しにした狼のようなその姿は、かつての感情バグのような無作為な殺意ではなく、対象を確実に消去するための「冷徹なプログラム」として統率されている。
「チィッ、ウヨウヨと湧いてきやがって! 数が多すぎるぞ!」
ラグが凄まじい風切り音と共に『黒獅子の大剣』を横薙ぎにする。
規格外の重さを持つ漆黒の刃は、空中に飛びかかってきた三体の猟犬を分厚い装甲ごと叩き割ったが、後続の猟犬たちは全く怯むことなく、倒れた仲間の残骸を容赦なく踏み台にしてラグの死角へと回り込んだ。
「ラグ、右だッ!」
アルゴスの鋭い声と共に、紫の雷光が砂塵を切り裂いた。回り込もうとした猟犬の頭部に、アルゴスの長剣の切っ先が正確に突き刺さる。
高圧の雷撃が機械の回路を一瞬でショートさせ、猟犬は白煙を噴き上げて砂の上に機能を停止した。
「助かったぜ、アルゴス! だがキリがねえな!」
「敵の行動アルゴリズムが高い……! 連携して我々の体力を削るつもりだ!」
前衛の二人が猛烈な勢いで猟犬を処理していくが、敵は周囲の「スクラップの山」と「濃い砂嵐」を完全に隠れ蓑にしており、次々と全方位から息をもつかせぬ奇襲を仕掛けてくる。
「ノエルさん! 上から、二体、来マス!」
「っ! 氷結!!」
後衛でノエルの背中に庇われていたリンが、ふいに上空を指差して力強く叫んだ。
直後、山積みの歯車の塔の上から飛び降りてきた二体の猟犬を、ノエルが展開した氷の散弾が的確に空中で撃ち落とす。
「リンちゃん、分かるの!?」
「ハイ。……砂嵐の物理的なジャミングはありマスが、システムからの『殺戮コード(命令プロトコル)』の通信波長が見えマス。敵の移動ルートとタイミングが、完全に予測可能デス」
リンの無機質だった左目が、淡い金色の細かい文字列を反射して輝いていた。 かつて上位システムのエラーとして『号泣の塔』に囚われていた彼女は、システム側の通信構造を視覚的に解析・観測する能力を持っていたのだ。
「次は左の装甲車の裏から三体! 右の地面の砂の下から一体、潜伏して接近中デス!」
「任せて! ――『極大氷結』ッ!!」
リンの正確無比な観測サポートを受け、ノエルの魔法が百発百中で次々と死角からの奇襲を凍てつかせていく。今までただ守られているだけの『エラー』だった少女が、今やパーティーの立派な『目』として機能していた。
「よしっ! リンちゃんのおかげで敵の動きが丸見えだ! ラグ、アルゴスさん、ちょっとそこの道を空けて!」
ロアが、ガレンの古いシェルターの前に立ち、手にした『想奏槌』へと強烈な極彩色の光を集束させた。 四方八方から迫る無限の敵に対し、ロアの選んだ戦術は「敵を倒す」ことではなく「戦場を作り変える」ことだった。
「これだけゴミ(パーツ)が落ちてるなら……最高のお掃除ができるね!!」
ドゴォォォォンッ!!!!!
ロアが想奏槌を足元の大地に力任せに叩きつける。 強烈な「創造」のプログラムが放射状に展開され、周囲に山のように積まれていた巨大な歯車、鉄骨、装甲板といったスクラップの山が、まるで生き物のようにうごめき、組み上がっていく。
「な、なんだぁ!?」
ラグが驚いて飛び退く。 ロアのハンマーによって再構築された残骸たちは、一行の背後と左右を完全に塞ぐ「分厚い鉄の要塞」へと一瞬にして変貌を遂げた。 砂嵐の中から迫る猟犬たちにとって、攻撃できるルートは「ロアたちが待ち構える正面のただ一本の道」に完全に固定されたのだ。
「これで、もう横や後ろからは来れないよ! 正面だけなら、二人の敵じゃないよね!」
「ハッ! 最高だぜお掃除屋!!」
「見事な戦場支配だ。これなら一本道で済む!」
敵の有利だった「数」と「奇襲」の利点が完全に潰され、細い一本道に殺到する猟犬たちを、ラグの大剣とアルゴスの雷電が次々と、そして一方的に金属のスクラップへと変えていく。戦況は完全にロアたちのペーズへと傾いたように見えた。
――だが、その時だった。
『――対象の論理構造干渉(創造)を深刻な脅威と認定。これより、ジャミング・アルファを投入する』
上空の砂嵐を切り裂き、今までの猟犬とは比較にならないほど巨大な影が、ロアの作り出した鉄の城壁の上へと重々しい音を立てて着地した。
「なんだ、あのでかい犬っころは……!?」
ラグが目を細める。そこにいたのは、全身を分厚い黒曜石のような装甲で覆われ、背中に巨大な筒状の武装を背負った、ライオンほどもある大型の猟犬(アルファ個体)だった。
「……ッ!? ロアさん、気をつけて! あの個体の周囲空間で、システムの理が強制的に書き換えられていマス!」
リンが悲鳴のような警告を上げる。 アルファ個体が低い唸り声を上げると同時に、その全身から不快な黒い波紋(アンチ・ジャミング波)が全方位へと放たれた。
「えっ……! 魔法が……解けちゃう!?」
ノエルが展開していた氷の防壁が、黒い波紋に触れた瞬間にパラパラとガラスのように砕け散る。 それだけではない。ロアが『創造』で組み上げていた周囲の鉄骨のバリケードさえもが、波紋の影響を受けて結合を失い、ガラガラと崩れ始めたのだ。
「僕の作った形が、強制的に元のゴミに戻されてる……!?」
『警告。対象の存在権限を抹消する。――消去砲、充填開始』
アルファ個体が背中に背負っていた砲身をロアへと向けた。砲口の奥で、全てを空間ごと削り取るような、圧倒的な高密度の赤い光が収束していく。
「ロア!!」
ラグとアルゴスが凄まじい勢いで床を蹴り、ロアを庇うためにアルファ個体へと跳躍する。だが、赤い光の充填は、二人の刃が届くよりも遥かに早く、すでに射出の閾値を超えようとしていた。
(第124話 終わり)




