第123話 砂塵の廃棄区とガレンの足跡
光のゲートを抜けた先は、視界を覆うほどの赤茶けた砂塵に包まれた広大な谷底だった。
「……ゲホッ、なんだここ! 埃っぽい!」
ノエルがマントで口元を覆いながら咳き込む。『常雨の都』の冷たく湿った空気から一転、そこは乾ききった熱風が吹き荒れる荒野だった。 だが、それはただの岩や土の谷ではない。山のように積み上がった大地を構成しているのは、役目を終えた無数の巨大な歯車、ひび割れたモニター群、そして正体不明の金属の残骸だった。
「すごい量……全部ゴミ(バグ)の山だ。上位階層にも、こんなゴミ捨て場みたいな場所があるんだね」
ロアが想奏槌を杖代わりにしながら、砂塵の向こうを見渡す。
「……第7観測区『砂塵の廃棄区』デス」
これまでの白いドレスを、ノエルのおさがりの外套で覆ったリンが、淡々と解説した。彼女の左腕には『新しい心』の光が定着し、かつてのような不快なノイズは欠片も残っていない。
「マスターシステム内で発生した物理的、および論理的な不要データが最終的に投棄されるダストシュートだと記憶していマス。……かつてのワタシのようなエラーの、終着点デス」
「……随分と物騒な場所に出たもんだな。だが、雨の中で泥遊びをするよりはよほど性に合ってる」
ラグが「黒獅子の大剣」の重みを背中で確かめながら、猛禽のような笑みを浮かべた。アルゴスも周囲のスクラップの山に視線を走らせながら、静かに頷く。
「見通しと足場は悪いが、無数の残骸のおかげで隠れ場所には事欠かない。追撃者がいるなら、地の利は我々にあるかもしれないな」
その時、ロアの肩に乗っていたルカくん2号・改が、突如として激しいノイズと共に明滅し始めた。
『ザ……ザーッ……ピーッ! ロ……おい……ア……聞こえる、か……ッ!』
「ルカくん!? どうしたの、声が途切れてるよ!」
『砂塵の……高濃度ジャミングで……通信が、安定しねえっ! いいか、一回しか言わねえ……ッ。お前らの周囲から、想奏槌とリンクする……古い……波長を捕捉した……ッ! 現在地から北北西へ……1キロ……。行って……調べ……ローーザーーーッ』
それきり、ルカくん2号・改の通信は完全に沈黙し、ただのかわいらしい黄金の球体へと戻ってしまった。
「電波が切れちゃった……。でも、さっき『想奏槌の波長』って言ってたわよね?」
「うん。……もしかして、爺ちゃんの痕跡なんじゃ……!」
ロアの目に強い輝きが宿る。不安定な通信が遺した最後の方角指定を頼りに、一行は危険なスクラップの谷を慎重に進んでいった。
一時間後。巨大な錆びた鉄板の山の奥深くに、それはひっそりと埋もれていた。
「これ……カプセルハウス? いや、放棄されたシェルターか?」
アルゴスが長剣の柄で積もった砂を払うと、ドーム型の分厚い鉄の扉が現れた。その扉の中央には、見覚えのあるマークが、何かの工具で雑に彫り付けられている。
「あっ!……爺ちゃんの道具に彫ってある模様と一緒だ!」
ロアが興奮気味に想奏槌を扉に押し当てると、槌の力がシェルターのシステムと同調し、ズズズ……と重い音を立てて扉が内側へと開いた。内部はホコリにまみれていたが、かつて誰かがここで長期間生活していたような痕跡――ボロボロのベッド枠、空っぽのレーションの缶、そして部屋の中央には一つの古い通信端末が置かれていた。
ロアが端末に触れると、通信機が僅かに光を帯び、くぐもった、けれど温かみのある太い声がシェルター内に響き渡った。
『――ふぅ。こんな場所のログを見つけて再生できたってことは……お前さん、あの「面倒くさい雨の街」を越えてきやがったな? さすがは俺の見込んだ後継者だ』
「爺ちゃん……!!」
不意に響いた懐かしい声に、ロアの瞳に涙が滲みそうになるが、声はさらに先を続ける。
『よく聞け、ロア。この上位の箱庭にはな、システムのエラーを問答無用で刈り取る「免疫機構」って名乗る番犬どもがうろついてる。それに目をつけられたら最後、地の果てまで執拗に追い回されることになる』
ガレンの音声は、そこから少しだけ自嘲気味な笑いを含んだ。
『特に、番犬どものリーダー……「カイム」には気をつけろ。あいつは手強いぞ。かつては俺の相棒だった男だ。だが、あいつは「人を救う」ことより「世界のルールを守る」ことを優先しちまった』
「……相棒、ねえ。そういやルカの坊主が前にこぼしてやがったな。ガレンの爺さんのかつての仲間だって」
腕を組んだラグが険しい顔をすると、アルゴスも神妙な面持ちでログに聞き入る。
『あいつは、黒いハンマーを持ってる。俺の想奏槌と同じようで、まったく逆の力だ。……いいか、ロア。もしあいつに追いつかれたら、絶対に『ハンマー同士を真正面から打ち合わせるな』。あいつの力は、お前の「創造」のプロセスそのものを完全に粉砕する。……何より――』
音声が重要な核心に触れようとした、その瞬間だった。
「……ロアさん! 敵、デスッ!!」
今までおとなしくログを聞いていたリンが、顔を強張らせて外の異常を察知し、叫んだ。 直後、シェルターの外で、山積みになっていた巨大なスクラップや歯車が、爆発でも起きたかのように一斉に吹きとばされた。
「クソッ、爺さんの話のいいところで……!」
ラグが大剣を抜き放ちながら外へ飛び出すと、赤茶けた砂塵の中から、四足歩行の機械の獣たちが無数に這い出してくるところだった。 しかし、それはこれまでのバグのような統率のない無機質な群れではなく、明確な『殺意』と『陣形』を持った、システム側の冷徹な処刑部隊だった。
『対象エラー(リン)、および非認可の修復者の存在をロック。……これより、完全消去を実行する』
機械獣たちの無数の赤い光学センサーが、一斉にロアたちを捉え、鈍い駆動音を響かせる。
「……追っ手のお出ましね。システムの番犬ってわけ?」
ノエルが冷たく言い放ち、両手に吹雪の魔法陣を展開した。 アルゴスもすでに長剣を抜き、その刀身に紫電を極限まで纏わせている。
「ごめんね爺ちゃん、お話の続きはまた後で! ――いくよみんな、お掃除の時間だ!!」
ロアが想奏槌を強く握り直す。 ガレンが辿った古き足跡の上で、システムによる明確な『追撃』が幕を開けた。
(第123話 終わり)




