第122話 雨上がりの都と新しい仲間
永遠に続くかと思われた分厚い灰色の雲がひび割れるように裂けていく。その隙間から射し込んだのは、どこまでも澄んだ黄金色の光――上位システムの光源による「人工の朝日」だった。
光は、雨水に濡れたガラスパイプや街の石畳に反射し、都市全体をキラキラと幻想的な輝きで包み込んだ。
「……きれい」
号泣の塔の入り口で、リンは無意識のうちに両手を胸の前で組み、空を見上げていた。今まで彼女の頬を濡らしていた冷たい青い涙はもうない。透き通るような純白の肌が、朝日の温もりを受けてわずかに赤みを帯びている。
「雨が降っていないこの街、こんなに綺麗だったんだね」
ロアが想奏槌を背中にポンと担ぎ直し、隣で大きく伸びをした。
「当然よ。私たちがしっかりとお掃除して、あのイヤな空気を吹き飛ばしてあげたんだから」
ノエルが誇らしげに胸を張り、ラグとアルゴスも、静かな朝の空気を肺いっぱいに吸い込んで安堵の息を吐いていた。
「……ロア、さん」
リンが、ゆっくりとロアの方を向いた。 彼女の胸の奥で、ロアが『創造』した琥珀色の宝石が、心臓のようにトクン、トクンと温かいリズムを刻んでいる。
「ワタシは、デリートされるべき不要データでした。過去もなく、存在理由もなく、ただ消えるのを待つだけの『エラー』でした。……でも、あなたがワタシに、新しい『意味』を作ってくれました」
リンは両手で自身の胸をきゅっと握りしめ、かつてないほど強く、はっきりとした光を瞳に宿らせた。
「だから……ワタシは、この『意味』を使って、もっと色々なものを見てみたいです。あなたが作ろうとしている、バグの無い優しい世界を……ワタシも、一緒に見に行ってもいいですか?」
それは、システムに縛られた機械的なAIの言葉ではなく、一人の意思を持った少女からの、初めてのお願いだった。
ロアの顔が、太陽に負けないくらいにパッと明るく輝いた。
「もっちろんだよ! 君みたいな可愛い子が一緒なら、旅も絶対楽しくなるしね!」
「お、おいロア、お前いつからそんなキザな台詞を言えるようになったんだ……!?」
ラグが目を丸くして身を乗り出すと、ノエルが「ちょっとロア!」と頬を膨らませて彼の背中をポカポカと叩いた。アルゴスは微苦笑しながら、静かに自身の剣を鞘に納める。
『やれやれ、大所帯になってきやがったな。解析屋の俺様が過労死しないように、せいぜい気を遣えよな』
ルカくん2号・改が、呆れたような、けれどどこか嬉しそうな電子音を鳴らした。
「よろしくね、リンちゃん」
ノエルが手を差し伸べると、リンはおずおずと、けれどしっかりと、その温かい手を握り返した。
「……ハイ。よろしくお願いしマス、ノエル、さん」
リンの顔に、朝の光よりも眩しい、満面の笑みが咲き誇った。
ロアは一行の前に進み出ると、シオンから託された上位階層へのマスターキーでもある『想奏槌』を天空へと翳した。 極彩色の光が空間のノイズを切り裂き、次なる領域へと続く「幾何学模様の巨大な光のゲート」が、空中に顕現する。
「よしっ。じゃあ、次のお掃除ポイントへ……出発!!」
ロアの掛け声と共に、新しく五人となったパーティーは、光の扉の向こう側へと意気揚々と足を踏み入れていった。
――そして。 彼らが上位階層の奥へと旅立った直後。
マスターシステムの最深部に位置する、冷たく無機質な『絶対防衛司令室』。誰もいないはずの暗闇の中で、空中に無数の赤い警告ウィンドウが展開されていた。
『警告。第12観測区にて、非認可プロセスによる「理」の書き換えを検知』 『該当エラー対象、消去プロトコルに失敗。対象は独自の自律コードを獲得し、区画外へ逸脱』
激しく点滅する赤い光に照らされ、暗闇の奥から「一人の男」が歩み出た。 黒い軍服のような外套を羽織り、その腰には、ガレンの想奏槌にも似た、しかし不吉な黒いオーラを放つ『もう一つのハンマー』が提げられている。
「……不要なゴミを消すのではなく、形を変えて『新しいルール』を作る、か。……ふん。ガレンの奴め、とんだ後継者を残してくれたものだ」
男――かつてガレンの相棒であり、今はシステム側の執行者として世界を管理する男、カイム。 彼は赤い警告ウィンドウを冷徹な目で睨みつけながら、自らの黒いハンマーを手の中で弄んだ。
「世界のルール(理)は、ただ一つでいい。勝手に新しい理を作り出す害悪は……俺が、直接この手で『処理』してやる」
カイムの冷酷な声が、殺意を孕んで誰もいない広間に重く響き渡った。
(第122話 終わり)




