表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

123/147

第119話 虚無を埋める素材と号泣の塔

 ロアが作り出した真っ黒な『防護壁バリケード』は、外界の喧騒を嘘のように遮断していた。  分厚い壁の向こう側から、巨大バグがぶつかる鈍い衝撃と、ザーザーという絶え間ない雨音だけが微かに響いてくる。


「……信ジラレマセン。既にデリートされた不要データの残骸に、一時的な質量と定義を与えるなんて。……それは、システム管理者マスターでさえ不可逆とする領域のハズ……」


 リンが、半透明にノイズを散らす瞳で、目の前の漆黒の壁をまじまじと見つめていた。


「僕にもよく分かんないんだ。ただ、ハンマーを振った時、頭の中に色んなパーツが組み合わさる『形』が見えて……それに沿って力を流したら、壁ができた」


『――そいつは、お前の持ってる「分厚い日記」の力と、ガレンが残した「想い」が同調した結果だろ』


 腰のルカくん2号・改が、冷静な声で分析を挟んだ。


『お前が見た「形」ってのは、爺ちゃんが過去に手探りで世界のバグを直してきた「経験則アルゴリズム」の断片だ。お前の権限を使って、それを力として具現化させてる。……だが、泥除けの壁を作ったくらいじゃ、根本的な解決にはならねえぞ』


「分かってるよ。問題は、リンの空っぽになっちゃった「心の穴」に、代わりになる新しいデータを『作って』入れることだよね」


 ロアの言葉に、ノエルがリンの背中を優しく撫でながら頷く。


「でもルカくん、何もない文字通りのゼロから『新しい存在定義』なんて作れるの?」


『いくらロアの権限でも、完全な「無」から魔法みたいにモノをポンと生み出すことはできねえ。さっき壁を作った時も、周りに漂ってた「バグの残骸」を素材にしただろ? 記憶の代わりを作るには、ベースになる強烈な「データ素材」が必要だ』


「データ素材……」


 ラグが、新しく背負った『黒獅子の大剣』の柄に腕を乗せながら首を傾げた。


「こんな湿っぽい街で、何を探せばいいんだ? どこもかしこも冷たい雨ばかりで、見つかるのはさっきの泥バグみたいなクズデータばかりだぞ」


「……この街が『涙(悲哀の感情)』を抽出・収集するために作られた実験都市であるなら、集められたデータが保管されている場所が必ず存在するはずだ」


 アルゴスが自らの端末のマップを展開し、空中に光の都市図を浮かび上がらせた。  無人の街並みが続く中、都市の中心部に、ひと際巨大な一本の「塔」がそびえ立っているのが分かる。


「第12観測区・中枢ストレージ。名称:『号泣の塔』。……この都市中に降る雨の源であり、同時に悲哀のデータが最終的に流れ込み、純度の高い『感情リソース』として凝縮されている場所らしい」


『……ビンゴだ。もしそこにある「高密度の感情データ」を根こそぎ持ち出して、ロアのハンマーで「悲しみ」以外の力にリライト(再定義)できれば……リンの穴を埋める、最高の『新しいルール』を作れるかもしれねえ!』


 ルカの弾んだ声に、ロアたちの顔に希望の色が浮かんだ。


「……合理的デハ、アリマセン」


 だが、水を差すように、リンが無機質な声でぽつりと呟いた。  彼女の左腕は、依然としてチカチカと不快な音を立てて明滅している。


「ワタシは既に欠損率80%を超えた不良品デス。そのようなリスクを冒してまで『代用品』を詰め込んだトコロで、ワタシという存在のオリジナルは戻りマセン。……意味ノナイ、徒労デス」


 彼女の目から、またツーッと青い涙がこぼれ落ちる。


「意味なんて、最初から決まってるもんじゃないわ」


 ノエルが、リンの両頬を両手で優しく挟み込み、しっかりと見つめ返した。


「失った元のものが戻らなくてもいいの。私たちが、あなたがこれから生きていくための『新しい意味』を一緒に探してあげる。……だから、不良品だなんて、もう言わないで」


 ノエルの真っ直ぐな瞳に、リンの無機質な目がわずかに見開かれる。


「……準備はいいか。ここを開けたら、またあの大群のお出ましだぜ」


 ラグが「黒獅子の大剣」を抜き放ち、ぞくりとするような重い鉄鳴りを響かせた。アルゴスもまた愛用の剣を抜き放ち、刀身に紫の雷光を迸らせる。


「大丈夫だよ、ラグ。……今度は、僕が戦いやすい『道』を作るから」


 ロアが教会の前に立ち、真っ黒な防護壁に向かって想奏槌を構えた。極彩色の光が槌から溢れ出し、ロアの意思に応えて脈動する。


「――お掃除屋、出張ルート開拓。……いくよッ!!」


 ズバァァァァァァァンッ!!!!!


 ロアの一撃が防護壁を内側から粉砕する。待ち構えていたかのように、外の泥雨と共に巨大バグがこちらへと殺到してきた。


「どきやがれッ!」


 先陣を切ったラグの漆黒の大剣が、バグの群れを強引に薙ぎ払う。  吹き飛んだ泥水が黒いノイズとなって空中に散らばった瞬間、ロアは跳躍し、空中でそのノイズの群れに向かって槌を振るった。


「集まれ……『創造クリエイト』!!」


 空中に漂う不要データが瞬時に圧縮・再定義され、広場の水辺をまたぐ強固な「黒い空中の橋」となって架けられた。


「へっ、こいつは上等な足場だ!」


 ラグが猛然と橋の上を駆け抜け、高所に陣取っていた飛行形態のバグへと強烈な重い一撃を叩き込む。  さらにアルゴスが橋の下を潜り抜けるように疾走し、剣尖から放つ雷鳴で周囲の泥水ごと敵をまとめて蒸発させた。


「行こう、リン!」


 ノエルがリンの手を引き、ロアの作った黒い橋の上を駆ける。雨と絶望が渦巻く都市の中で、不要なゴミを「未来への道」へと変えながら、ロアたちは都市の中心部――『号泣の塔』を目指して怒涛の進撃を開始した。


(第119話 終わり)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ