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第118話 哀雨の巨人と創造の片鱗

 灰色の空から降り注ぐ冷たい雨が、地上の「絶望」を膨張させていく。無数の悲哀バグが寄り集まり、教会の前には、泥水とノイズで構成された見上げるほど巨大な「泥の巨人」がそびえ立っていた。


「グルアァァァァァァァァッ!!」


 悲鳴とも咆哮ともつかない叫び声が響き、巨人の巨大な腕が教会に向かって振り下ろされる。


「させるかァッ!!」


 ラグが正面から飛び出し、その大剣でドロドロの巨腕を受け止める。同時にアルゴスが横合いから踏み込み、剣から雷の衝撃波を放って巨人の体勢を大きく崩した。


「ノエル、リンを頼む!」


「分かってる! ――『光壁プロテクション』!」


 教会の中で身を縮めるリンを包み込むように、ノエルが強固な魔法障壁を展開する。防壁にバグの泥水が分厚く叩きつけられ、ジュゥゥと焼け焦げるような音を立てた。


「……ワタシノ、セイデ……。ワタシノ『穴』ニ引キ寄セラレテ、バグガ……」


 リンがうわ言のように呟きながら、ただ機械的に青い涙をこぼし続けている。


「――大丈夫だよ。あいつらが全部、僕がお掃除するから!」


 ロアは跳躍し、巨人の胸ぐら――黒い泥の中心に向かって『想奏槌エコー・ブレイカー』をフルスイングで叩き込んだ。


 バァァァァァァァァァンッ!!!!!


 ガレンの想いを宿した極彩色の光が爆発し、巨人の身体を強烈な反発エネルギーで吹き飛ばす。水のような巨人の体が、ただの黒いノイズ(無意味なデータ片)となって空中に四散していく。


「やったか!?」


 だが、その直後だった。  


 ……ザーーーーーッ。  


 地上に降り注ぐ無限の青い雨が、瞬時に巨人の「欠落」へと吸い込まれ、吹き飛ばしたはずの胸の穴をあっという間に塞いでしまった。


『ダメだ、ロア! 何度壊してもキリがねえ!』


 腰の通信デバイスから、ルカの焦燥に満ちた声が飛ぶ。


『あの巨人は、周りの雨そのものをリソースにしてるんだ! リンの「空っぽの記憶領域」がブラックホールみてえになってる限り、この街中の悲しみ(データ)が無限に集まってきちまう!!』


「そんなっ……じゃあ、どうすれば!」


『わかんねえ! とにかく、今は逃げるしか……ッ』


 ルカの言葉を遮るように巨人が再び咆哮を上げ、今度はロアに向かって無数の泥の槍を一斉に射出した。


「ロア!」


 ラグが叫ぶが間に合わない。迫り来る圧倒的な暴力の前に、ロアは思わず想奏槌を盾のように構えた。  その時。


 トクン……。


 ロアの懐で、今までずっと沈黙していた『分厚い日記ガレンのログ』が、熱を帯びて微かに脈打った。  同時に、ロアの視界が反転し、不思議な感覚が脳裏に滑り込んでくる。


(……見ろ、ロア。汚れってもんはな、ただ消して捨てるだけじゃねえんだ……)


 それは、記憶の中のガレンの声だった。  ロアの目には、さっき自分がハンマーで剥がし、虚空に漂っている「黒いノイズ(不要データ)」の群れが、はっきりとした実体を持った粘土のように見えていた。


(……いらないモンを剥がしたら、そいつを叩き直して、使えるモンに変える。……それこそが、俺たち自慢のお掃除屋ってやつさ)


「――ただ壊すだけじゃない。形を、変える……!」


 ロアの瞳に強い光が宿る。彼は一直線に迫る槍を前に、一歩も引かずに想奏槌を天高く掲げた。


「集まれええぇぇぇぇぇぇッ!!!」


 直後、槌の先端から強烈な引力――データの再構築プログラムが発動した。空中に漂っていた大量の黒いノイズが、竜巻のようにロアの槌へと吸い寄せられていく。  そしてロアは、その圧縮された不要なデータの塊を、教会の入り口を塞ぐように大地に向かって力任せに叩きつけた。


「――そこを塞げッ!! 『創造クリエイト』!!」


 ズガンッ!!!!!!


 大地が割れるような轟音と共に、今まで「お掃除」して捨てていたはずの不要なデータが、真っ黒で分厚い鋼鉄のような『防護壁バリケード』へと一瞬にして物理変換されたのだ。


「なっ……!?」 「なんだこりゃあ!?」


 アルゴスとラグが目を剥く。泥の巨人の槍が真っ黒な壁に突き刺さるが、超高密度に圧縮された『ゴミの壁』は傷一つ負わず、圧倒的な質量で外界の雨と敵とを完全に遮断してしまった。


『……お、おい。ロア……お前、今何をした? プログラムの理理ルールを無視して、お前自身の権限でオブジェクトを「作り出し」やがったぞ……!?』


「……分かんない。でも、爺ちゃんの日記が教えてくれた気がするんだ。捨てられるはずだったゴミを集めて、新しい形を『作った』」


 分厚い壁に守られた教会のエントランスで、ロアは自分の両手と想奏槌を見つめ直した。バグを消して環境を元の形に戻すだけの「修復(Fix)」を越えた、高位の干渉能力。


「……ルカ。さっき君は、リンのデータは白紙になって消えちゃってるって言ったよね」


『ああ、言ったが……』


「だったら――僕が、あの子のために新しい記憶の欠片ルールを『作って』入れちゃえばいいんだ」


 静かに、しかし確かな決意を込めてロアはそう言った。  漆黒の壁の向こう側では雨とバグが荒れ狂っているが、ロアの目には暗闇を切り裂くような確かな希望の光が宿っていた。


「リンを直す方法なら、見つけたよ」


 ロアがリンに微笑みかけると、リンの流す青い涙が、ほんの少しだけ命の輝きを取り戻したように見えた。


(第118話 終わり)

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