第114話 中央司書の審判
中央書架を支配していた極彩色の輝きが、一瞬にして冷酷な白銀へと染まり変わった。中央司書の液体金属の身体が波打ち、その表面に「知っているはずの顔」が浮かび上がる。
「……ッ、シオン!? ナハトまで……そんな……!」
ロアが息を呑み、構えていた槌を思わず下げた。そこに立っていたのは、かつて共に戦い、自らを犠牲にして一行を救った二人の姿だった。
『――愚かだね、ロア。君が抱えているその瓶は、この世界の調和を乱す「汚れ」でしかない。』
シオンの、あの傲岸不遜な声。司書の顔がシオンへと変貌し、冷たい瞳でロアを見下ろす。
『……ロア。……その瓶を戻してください。……感情は、演算を狂わせるバグに過ぎません。……消えてしまった私たちのように、あなたも無に還るつもりですか?』
ナハトの、静かで理知的な、けれど今はひどく空虚な声。司書の手がナハトの指先のように細く、滑らかに伸び、ロアが抱える「ガレンの瓶」へと伸びてくる。
「……だめ。ロア、それは偽物だよ!」
ノエルが震える声で叫んだ。彼女には分かっていた。目の前の二人からは、あの時感じた温かな「命の鼓動」が微塵も聞こえない。そこにあるのは、死んだ記録を繋ぎ合わせただけの。精巧な剥製だ。
『――ふん、偽物か。……マスターシステムにバックアップされた「正解」を、君たちは偽物と呼ぶのかい? 君たちの「ガレン」というバグも、結局はこうして記録の一つに成り果てた。』
偽りのシオンが掌を向けると、そこから高密度のデータ圧縮波――「論理の楔」が放たれた。
ドッ、ガァァァァァァァンッ!!!!!
「ぐ、あああああッ!!」
防御を解いていたロアの身体が吹き飛び、背後の書架に叩きつけられる。衝撃で、胸に抱いていたガレンの瓶が手から滑り落ちた。
「ロア!!」
ラグとアルゴスが同時に飛び出す。だが、司書は液体の身体を瞬時に分裂させ、二人の「自分自身」を作り出して彼らを迎撃した。
「チッ、自分の姿を模した相手と戦うのは、反吐が出るぜ……!」
ラグが自身の模倣体と剣を交え、苦渋に満ちた声を上げる。
『……ィ……ロア!! ……起きろッ!!……そいつは……ただの……コンパイル済み……のゴミ……だッ!!』
その時、ルカくん2号からルカの怒号が響いた。これまでにないほどクリアな声。ルカは地上で、全リソースをこの一瞬の通信に注ぎ込んでいた。
『……いいか……! そいつの……中身は……空っぽだ!……爺ちゃんの……ボトルに……共鳴させろ!……ガレンの……想いは……システムには……読み取れない……『非定型ノイズ』……なんだよ!!』
「……非定型……ノイズ……。」
ロアが頭を振り、床に落ちたガレンの瓶へと手を伸ばした。司書がシオンの姿で、無慈悲にレーザーの指先を突き立てる。 だがその瞬間。ロアが瓶の栓を、力任せに引き抜いた。
ッパァァァァァァァァァァァッ!!!!!
瓶から溢れ出したのは、極彩色の光だった。それは単なるデータではない。若き日のガレンが抱いた後悔、勇気、そしてロアへの「愛」という名の、計算不能なエネルギー。
「……シオンは、僕たちを『バカだ』って言いながら、最後まで笑ってたんだ……。」
ロアが立ち上がる。その全身を、瓶から溢れた「暖かいバグ」が包み込む。
「ナハトは、……冷たい言葉の裏で、いつも僕たちの幸せを願ってくれていた……。……お前の中にいる『あいつら』には、その温かさ(エラー)が一つも無いッ!!」
ロアが聖葬槌を振り下ろす。槌は、瓶から溢れる色彩の光を纏い、巨大な「剥離の刃」へと変貌していた。
ガギィィィィィィィィッ!!!!!
ロアの一撃が、シオンの姿をした司書の胸を貫いた。
『――計算……不能。……この……データ密度は……一体……。』
司書の顔がノイズで歪み、シオンからナハトへ、そして意味を持たない幾何学模様へと崩れていく。 完璧だった論理回路が、ガレンの遺した「人間味」という名の暴力に耐えきれず、内部から融解し始めたのだ。
「これでお別れだ。……僕たちの爺ちゃんを、ただの『記録』にさせないよ!!」
ロアが槌をひねると、極彩色の光が爆発的に拡散した。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
中央司書の身体が、数百万の光の粒子となって四散し、中央書架の天井へと吸い込まれていった。 同時に、世界を支配していた白銀の凍てつく空気が和らぎ、図書館全体を包む歯車の音が、ゆっくりと止まっていく。
「……ふぅ。……やった、んだね。」
ノエルがロアの元に駆け寄り、その肩を抱いた。ロアの手の中で、ガレンの瓶は空になっていた。だが、その底には一欠片の「透明な輝き」が新しい「理」として残されていた。
「……地上の……ルカだ。……司書の……コア消滅……を確認した。……お見事……だったぜ、お掃除屋。」
ルカの声が、誇らしく響く。
「……でも、油断……するな。……今の衝撃で、……この世界(第11観測区)の……パージ……が始まった!……ゲートが閉じる前に、……次の領域へ……跳べッ!!」
館内に鳴り響く、緊急崩壊のサイレン。ロアたちは互いに頷き合い、ガレンが遺した「想い」をその胸に抱いて、崩れ行く図書館の奥へと走り出した。
(第114話 終わり)




