第112話 記録の残響と歯車の檻
「……エラー。警告。バグの増殖を確認。……一括処理を再開します。」
目の前の一体が鐘を鳴らした瞬間、周囲の巨大な書架から、さらに十数体のマニコットが音もなく滑り降りてきた。彼らは一糸乱れぬ動きで一行を包囲し、指先から細い切断用レーザーを放射状に展開。
「おいおい、どっから湧いてきやがった! こいつら、一匹ずつ相手にしてたらキリがねえぞ!」
ラグが巨大な鉄剣を振り回し、迫り来るレーザーの壁を強引に叩き折った。だが、人形たちは壊れてもなお、剥がれ落ちた歯車を再利用して立ち上がろうとする。
「ラグ、距離を取れ! こいつら、周囲の書架のデータをリソースにして、自分たちを修復していやがる!」
アルゴスが仲間の盾となりながら、状況を冷静に分析する。 彼の紫電の装甲が激しく明滅し、迫り来るマニコットたちの関節に向けて、ピンポイントな電撃を撃ち込む。だが、その電撃さえも真鍮の装甲に吸収され、人形たちの動きは止まらない。
『……ォ……ア……聞……こえ……、か……!』
再び、ルカくん2号からルカの声が響いた。ドローンの金メッキが、今にも焼き切れそうなほど熱い。
「ルカ! こいつら、壊してもすぐに直っちゃうんだ! どうすればいい!?」
『……ッ、アホか……! 物理的に……壊そうと……するな。……そいつらの……動力源は……ゼンマイの……『論理パルス(リズム)』だ。……特定の……周期で動いて……る。……その……周期を……聖葬槌で……強制的に……遅延……させろッ!』
「遅延……リズムを狂わせるってこと!?」
ロアがルカの指示を噛み締める。その時、戦場の片隅で壊れかけた瓶をかばうように立っていたノエルが、悲痛な声を上げた。
「……ううん、だめ。壊しちゃだめだよ、人形さん! 中にいる人たちが、まだ叫んでる。……掃除して消しちゃいけないものが、ここにはあるんだよ!」
そのノエルの声に呼応するように、マニコットたちが一斉に標的を彼女へと変えた。 排除すべき「汚れ」を肯定する者への、マスターシステムの制裁。
「ノエルには指一本触れさせねえッ!!」
ラグが咆哮し、巨大な剣を地面に突き立てた。その振動を合図に、アルゴスが最大出力の雷光を天井の歯車へと放つ。
「今だ、ロア! システム全体を揺さぶれ!!」
「……分かってる。……掃除するのは、汚れじゃない。……この世界の、歪んだ『ルール』だッ!!」
ロアが聖葬槌を引きずり、全力で走り出した。彼は足元に「汚れ」のデータを固めた足場を瞬時に創造し、垂直に近い角度でマニコットたちの頭上へと跳躍する。
――そして、槌を全力で床へと叩きつけた。
不快な金属音ではなく、低く、重厚な「鐘の音」が図書館全体に響き渡った。
『剥離・遅延――適用開始。』
ナハトの意志が宿る槌の権限が、マニコットたちの「正確な時計」を強制的に狂わせていく。
カチ、カチ……。 カチ、……カチ、……。 ……カ、……チ。
人形たちの動きがスローモーションになり、やがて完全に停止した。切断レーザーは消え、図書館には再び、今度は人工的ではない静寂が訪れる。
「……ふぅ。……止まった……のかな?」
ロアが着地し、汗を拭いながら周囲を見渡した。真鍮の人形たちは、まるで祈りを捧げるような姿勢のまま、動かなくなっている。
「……ありがとう。みんな、守ってくれて。」
ノエルが割れかけていた瓶をそっと抱き上げた。その瓶の中にある灰色の結晶は、先ほどまでの「黒ずみ」が消え、淡い、桜色のような輝きを放つ。
「汚れじゃなかったんだね。……これが、この世界から消されそうになっていた『誰かの大切な記憶』なんだ……。」
「掃除が完璧すぎて、こういう個別の想いさえも『ノイズ』として削除されちまうってわけか。……胸糞悪い図書館だな。」
ラグが剣を納め、静まり返った書架の間を睨みつけた。
「ロア。……地上のルカからの解析によると、今の『遅延パッチ』によって一時的にこの区画の警戒レベルが下がっているそうだ。」
アルゴスが地図を確認しながら、前方のさらに巨大な扉を指し示した。
「……その扉の向こうに、この世界の中枢……『中央書架』がある。そこに行けば、この歪んだ管理システムの核に触れられるはずだ。」
ロアは深く頷き、仲間たちと共に一歩を踏み出した。人形たちが守ろうとした、冷たく完璧な「歴史」。それを剥ぎ取った先に、一体どのような真実が眠っているのか。
彼らのお掃除は、いよいよこの世界の核心へと迫っていく。
(第112話 終わり)




