第109話 上位執行者の審判
純白のレーザーが、赤銅色の空を切り裂いて降り注ぐ。ガラスの平原は一瞬にして高熱に焼かれ、砂が溶けて不気味な黒い結晶へと変貌した。
「ぐっ……、あつッ!? なんだよこれ、掠っただけで服が燃え上がるぞ!」
ラグが巨大な鉄剣の腹を盾にして熱風を凌ぎながら、後方に飛び退いた。彼の丈夫な革鎧の肩口が、爆風の熱だけで黒く炭化している。
「ラグ、止まるな! その機動力のままだと、次の『面』での掃射で消されるぞ!」
アルゴスの鋭い指示が飛ぶ。 彼の全身を包む紫電の装甲が、高圧の電流を放電しながら火花を散らした。アルゴスは背負った外部演算機をフル稼働させ、空中を高速移動する「それ」の軌道を先読みしていた。
頭上で複数の純白の翼を広げた執行者が、一切の揺らぎなく合成音声を響かせる。
『――再警告。対象のバグ強度は、既定の削除コードを超過。
フェーズ2:広域抹消モードへ移行。リソースの解放を確認。』
執行者の背中から、無数の細い光の棘が展開された。それはまるで、幾千もの針で世界を縫い止めるかのように、空中に固定される。
「全員、僕の影に隠れて!!」
ロアが叫び、マスターキーを宿した「聖葬槌」をガラスの大地へ叩きつけた。その瞬間、槌の頭部から半透明な、石の盾のような障壁が展開。
――次の瞬間。 空中の光の棘が一斉に爆発的に伸び、一行が立っていた場所を無慈悲に貫き通した。
ドガガガガガガッ!!!!!
凄まじい衝撃波。ロアの展開した障壁が激しく軋み、彼の手のひらに尋常ではない負荷がかかる。
「……あ、エイラ! あのロボット、どうして僕たちを狙うの!? じいちゃんと同じお掃除屋なら、話し合えないの!?」
ロアが歯を食いしばりながら、隣で静かに空を見上げているエイラに問いかけた。 エイラは悲しげに首を振った。
「無理よ、ロア。彼らには『対話』なんていう非効率なプログラムは組まれていない。マスターシステムにとって、不確定要素はただの汚れ。計算を終わらせるための障害でしかないの。……彼らは『完璧な掃除』を執行するだけの、感情のない歯車なのよ。」
「感情がない……?」
ノエルがその言葉に過敏に反応し、自身の胸元に手を当てた。人の感情の揺らぎを知覚できる彼女にとって、目の前の執行者は「無」だった。音のないノイズ。死んだ風のような空虚さ。
「……本当だ。何も聞こえない。あいつの中に、命の音がひとつも無いよ……!」
「だったら、こっちから叩き込むしかねえな!」
障壁の隙間から、ラグが弾丸のように飛び出した。 彼はあえて重厚な剣を引きずりながら、ガラスの破片を巻き上げて走る。
『――物理干渉。レベル1:排除。』
執行者が片腕を向け、レーザーの単射を放つ。だが、その射線をアルゴスの放った青白い雷光が強引にねじ曲げた。
「そこだ、ラグ! 下から抉り取れッ!!」
「おうよぉッ!!」
ラグが跳躍した。 普段なら届くはずのない高度。だが、ロアが咄嗟に足元に「汚れ」のデータを固めた透明な足場を出現させていた。
「なにっ……!? 創造モード……?」
エイラの目が驚愕にわなないた。 ロア自身も無意識だった。ただ、ラグを上まで届けたいという一心で、槌を通して周囲の「削除されかけのデータ」を再定義したのだ。
ラグの巨大な鉄剣が、執行者の白い装甲を激しく打った。
ガガギィィィィィィィンッ!!!!
金属と結晶がぶつかり合う、不快な高音が響く。 執行者の姿勢が大きく崩れ、その胸部にある「白熱するコア」が剥き出しに。
「ノエル!!」 「……うんっ! 重力収束!!」
ノエルの魔力が執行者の周囲の重力を狂わせ、その自由を奪った。00一瞬。わずか一瞬の、機械には計算不能な「揺らぎ」が生まれた。
「…………これは、『汚れ』じゃない。」
ロアがガラスの砂を蹴って、空中に踊り出る。 彼の瞳には、かつてガレンが見ていたであろう「守るべき不完全さ」が宿った。
「僕たちは、バグ(エラー)かもしれない……。でも、ここで消されるために生きてきたんじゃないんだッ!!」
聖葬槌が、執行者のコアに直撃した。
バキィィィィィィィィィッ!!!!!
純白の装甲が粉々に砕け散り、そこから濁った灰色の煙が噴き出した。 執行者の合成音声が、初めてバグったようにノイズ混じりに。
『――重度……破損……。管理者への報告……優先……。削除……失敗……ッ。』
次の瞬間、執行者は眩い光の粒子となって霧散し、廃棄区画の夕暮れの中に溶けて消えた。
静寂が戻る。 ガラスの大地には、溶け出した不気味な模様だけが残されていた。
「……ふぅ。……やった、のかな?」
ロアが着地し、肩で大きく息をしながら槌を杖代わりにした。ラグが剣をしまい、汗を拭いながら歩み寄る。
「おいおい、今の足場。お前、いつの間にあんな芸当ができるようになったんだよ、ロア。」
「え……? ああ、なんだか必死で……。」
「『創造モード』……。ガレンさんの遺志が、石を通してあなたを認めたのかもしれないわね。」
エイラが、消えゆく光の余韻を見つめながら呟いた。 だが、彼女の表情は晴れない。
「でも、覚悟して。今のでマスターシステムは、あなたたちを『即時デリートすべき深刻な脅威』として認識したわ。……これからは、どこへ行ってもあのような追手が現れることになるわよ。」
ロアは一行を見回した。アルゴスの真剣な眼差し、ラグの好戦的な笑み、そして寄り添うノエルの温もり。
「……望むところだよ。僕たちは、この不器用な世界を『お掃除』して守り抜くために、ここに来たんだから。」
廃棄された箱庭たちの墓標に、風が吹いた。 彼らの本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
(第109話 終わり)




