第107話 原初の設計図
鏡のセクターを突き抜け、重力が消失した白銀の空間へと一行は降り立った。そこには、天空を覆い尽くさんばかりに連なる、光り輝く根と葉を持つ巨大な「世界樹」がそびえ立つ。
――ソースコード層。あらゆる「箱庭」の雛形が眠る、システムの本源。
「……きれい。……でも、すごく、冷たい。」
ノエルが世界樹の一片に触れようとして、その指先を止めた。 光る葉の一枚一枚には、緻密な演算式が刻まれ、完成された一つの世界が封じ込められている。
(静止。幾万の「原初」が、静かな脈動を繰り返す)
一行が進む中、ひときわ眩い光を放つ一枚の「葉」が、ロアの視線を釘付けに。
「……これ、僕の村……?」
そこに映し出されていたのは、ロアの故郷。 だが、そこには黒いノイズも、飢えも、悲しみもない。 若き日のガレンが笑い、幼いロアが聖葬槌ではなく、ただの玩具を手に駆け回っている「完璧な楽園」。
「それが第1リビジョン。……マスターシステムが最初に描いた、エラーのない完璧な世界よ。」
エイラの影を帯びた声が、静寂を破った。
「でも、その世界は削除されたわ。……バグも、死も、変化もない世界には、演算を続ける意味がないから。……マスターシステムにとって、『完璧』とは『完成』であり、即ち『終了』を意味するの。」
(沈黙。幸福の映像が、あまりに虚しく歪む)
「……幸せなのに、消されちゃうの? ……そんなの、おかしいよ。」
ロアが拳を握りしめた、その時!
キキィ……キ、キィィィィィィィン……ッ!!
不快な音飛び(スキップ)と共に、世界樹の一部が「欠落」した。そこに出現したのは、怪物ではない。 漆黒の「穴」――空間そのものが定義を失い、消失したシステム・グリッチ。
「――回避ッ!! 触れるな、存在ごと消去されるぞ!!」
アルゴスの警告より早く、空間の「穴」が一行へと迫る。
(ノイズ。一行の姿がドット絵のように乱れ、色彩が反転する)
「……くっ、手応えがねえ! 叩こうにも、叩く『場所』が消えてやがる!」
ラグが背負い板を振るうが、グリッチに触れた瞬間、鋼鉄の縁がボロボロのノイズとなって削り取られた。物理攻撃さえ「定義」が通じない、絶対的な無の侵食。
「……ロア、槌を『面』で使え! 壊すんじゃない、世界を『埋める』んだ!!」
肩のルカくんから響く、必死の叫び。
ロアは聖葬槌の「透明な石」に全ての魔力を流し込み、虚空へと槌を突き出した。
「――ここにあるべき姿を、思い出せ!!」
トォォォォォォォォン……ッ!!!!!
(静止。白銀の光が、漆黒の「穴」を塗りつぶしていく)
槌から溢れ出した高密度の演算プログラムが、欠落した空間を強制的に再構成していく。グリッチは断末魔のようなノイズを上げ、修復された「理」の重圧に押し潰されて消滅。
再び、世界樹に静寂が戻る。
「……お掃除っていうのは、ゴミを捨てるだけじゃないんだね。」
ロアが汗を拭い、修復された景色を見つめる。
「……あったはずのものを、もう一度書き込む。……それが、ガレンさんの目指した『本当のお掃除』だったのかもね。」
エイラが、初めてロアを「仲間」として見るような、穏やかな笑みを浮かべた。
一行の目の前。 世界樹の根の先には、記憶層を抜けた先にある、第3の領域への門が開かれようとしていた。
(第107話 終わり)




