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第104話 ガレンの設計所と地上の絆

 黒い繭に包まれた絶望のセクターを後にし、一行は真っ白なデータ雲が広がる静寂の領域、セクター00へと辿り着いた。そこには、上位階層の冷徹な幾何学模様とは明らかに異質な、温かみのある建造物が浮かんでいた。


 ――ガレンの、設計所。


「……ここ、爺ちゃんの匂いがする。」


 ロアが光の回廊を飛び降りた先は、山小屋ではなく、無数のモニターと回路が剥き出しになった「設計所ラボ」だった。    鉄と、油と、どこか懐かしいタバコの匂い。床には使い古されたスパナや、書き殴られた複雑な演算式が記された紙クズが散らばっている。デスクの上には、ついさっきまで誰かが作業していたかのように、まだ熱を帯びたハンダごてが置かれていた。


「ハッ……相変わらず片付けの出来ねぇジジイだ。……だが、こいつは落ち着くぜ。」


 ラグが、機械の油と鉄の匂いが混じった空気を深く吸い込み、巨大な背負い板を床に置いた。    (沈黙。ホログラムの不規則な明滅ノイズだけが響く)


 アルゴスもまた、複雑なホログラムが明滅する設計図を眺め、静かに感嘆の息を漏らす。


「……ロア、見て。これ多分、箱庭の初期設計図よ。」


 ノエルが指差した空中には、ロアたちがいた世界の構造が、青い光の線で精密に描き出されていた。


「そうよ。……そこはあのおじいさんにとって、最期の実験場であり、守るべき故郷だったの。」


 エイラが、棚に置かれた古いオイル缶を愛おしそうに撫でながら言った。


「その石も、この設計所で生まれたもの。マスターシステムの理を逆転させるための、たった一つの実体プラグ。……彼がいなくなっても、この場所だけは彼の思考を演算し続けているわ。」


 ロアは腰に下げた透明な石に触れた。石は設計所の機械と同調するように、淡く、けれど力強く脈動している。


 ――そして、地上の微かな祈りと息遣い。


 その時、一行の呼びかけに応じるように、ルカくん2号・改が青い光を放ち、空中に大きなホログラム・ディスプレイを展開した。


「――おい! お前ら、生きてるか!?」


 画面いっぱいに現れたのは、ゴーグルを跳ね上げ、眉間にしわを寄せたルカの顔だった。


「解析データが急変したときは心臓が止まるかと思ったぞ! 上位階層のセキュリティをあんな力業で突破するなんて、どいつもこいつも脳みそまで筋肉で出来てんのか!?」


「あはは、ごめんルカくん。でも、なんとかなったよ!」


 ロアが苦笑しながら手を振ると、カメラの向こう、少し離れた場所に座っていた面々の姿が映り込んだ。


(静止。映像越しに交差する、それぞれの想い)


 フィオナは、ルカの後ろで腕を組み、不機嫌そうな顔で別のモニターを見つめていた。だが、ロアたちの無事な姿が映った瞬間、彼女の握りしめられていた拳がふっと解け、強張っていた肩の力が目に見えて抜けていく。  

 彼女は一度もこちらを見ず、鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、その耳は明らかにルカの通信機に集中していた。


 その隣で、リゼが静かに微笑み、胸に手を当てて深く一礼した。彼女の口は動かなかったが、その安らかな表情が、どれほどの祈りを込めてこの瞬間を待っていたかを物語っていた。


 ルカの足元では、テオが安堵のあまりへなへなと座り込み、何度も大きく頷きながら、緊張で潤んだ目を袖で拭っていた。


「……まったく、これだから掃除屋は手が掛かる。……いいか、次のセクター02は『記憶層』だ。データの密度がこれまでとは比較にならねぇ。……しっかり休んどけよ!」


 ルカが乱暴に頭を掻き、通信を切る直前。  画面の端で、フィオナがほんの一瞬だけこちらへ視線を向け、唇を噛んで「死ぬなよ」とでも言うかのように小さく顎を引いたのを、ロアは見逃さなかった。


 通信が途切れ、設計所に再び静寂が訪れる。


「……あったかいね。」


 ロアが呟くと、ノエルがその隣で優しく微笑んだ。


 たとえ空が剥がれ、世界が書き換わろうとも。この絆だけは、どんなバグでも消去できないのだと、一行は確信していた。


(第104話 終わり)

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