第103話 剥離される世界の断片
光の回廊が、極彩色の星雲を切り裂いて加速する。エイラの指先に導かれ、一行の視界に「それ」が飛び込んできた。
巨大な球体。かつてロアたちがいた世界と同じ、一つの「箱庭」。だが、その表面は無数の黒いノイズの糸に覆い尽くされ、繭のように脈打っていた。
「……ひどい。世界が、削られてる……」
――剥離される、世界の悲鳴。
ノエルが、その光景に呻き声を上げた。繭の隙間から、地上の山々や都市が、デジタルの砂となって虚空へと剥がれ落ちていく。
それは「破壊」ではない。存在そのものの「登録抹消」だった。
「あれがセクター01。……もう、手遅れね。演算リソースが食い尽くされてるわ。」
エイラの淡々とした言葉に、ロアが槌を握り直した瞬間だった。
ピピッ、と肩のルカくん2号・改が警告音を鳴らす。
「――待たせたな! 地上から解析完了だ。……来るぞ、デカいのが!」
空間をノイズが走り、ルカの不敵な声が響き渡る。
キィィィィィィィィィン!!
一行の目前、空間がガラスのように割れた。
(静止。視界が、火花を散らす)
出現したのは、巨大な正八面体の「プリズム」。
透明な結晶体の中で、幾何学的な紋様が高速で回転し、一行を「異物」としてロックオンする。
「上位階層の防衛機構……! 総員、回避ッ!!」
アルゴスの咆哮と同時に、プリズムが複数の断片へと分離した。断片は空間を跳ねるように加速し、鋭利な刃の形となって一行へ降り注ぐ。
一閃。アルゴスの雷の大剣がそれを弾くが、手応えがない。敵の刃は、衝突の瞬間に「座標」をずらし、物理攻撃を透過している。
「物理無効か!? 冗談じゃねえぞ!」
背負い板を盾にするラグを、ノイズの刃が掠める。
「ロア、槌を地面に! 石の権限を流し込んで!!」
ルカの叫びに、ロアが透き通った石を握りしめ、聖葬槌を「パス」へと叩きつけた。
「――書き換えろ!!」
ドォォォォォォォンッ!!
衝撃波と共に、一行が立っていた光の回廊が、波打つように盛り上がった。重力が反転し、ロアたちは垂直の壁となったパスを、滑走するように駆け上がる。
「……これだ、これなら届く!」
ロアの視界に、ルカくん2号から送られた脆弱性の座標が、赤い十字となって浮かび上がる。
跳躍。 ロアの体は重力を無視し、プリズムの核へと一直線に肉薄した。
「……ノエル、今だ!!」
「――定義変更、白銀の杭!!」
ノエルが放った純白の魔導光が、プリズムの「透過フラグ」を無理やり書き換えた。実体化した結晶体に、ロアの聖葬槌が、渾身の力で叩き込まれる。
パリンッ!!!!!
耳を劈くような硬質な破砕音。 上位階層の守護者は、無数の光の破かな破片となって、演算の星雲へと溶けていった。
静かな、けれど熱い残響が、回廊を包み込む。
「やったか……?」
ラグが肩で息をつきながら、背後の箱庭を見上げた。
(沈黙。ドロドロの演算ノイズが、空虚に響く)
だが、そこにあったのは。 敵を倒したというのに、黒い繭に完全に飲み込まれ、ドロドロの闇へと変わってしまった「セクター01」の残骸だった。
「……倒しても、救えないの?」
ロアの声が、静かに震える。
「救えないわ。掃除屋の仕事は、あくまで汚れを消すこと。……消えた後、そこに新しい世界を書く力がなければ、世界は空っぽになるだけよ。」
エイラが、冷徹なまでの現実を突きつける。
ロアは崩れ落ちた世界の欠片を見つめ、自分の黄金の槌を見つめた。この槌にはまだ、何かが足りない。
「……なら、書く力も手に入れてみせるよ。……次の場所へ行こう、エイラさん。」
「……ふふっ。おじいさんの言った通り、変な子ね。」
エイラが初めて、微かな憐れみと期待を込めて目を細めた。一行を乗せた光の回廊は、さらに深い、上位階層の深淵へと進路を向ける。
(第103話 終わり)




