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第99話 星の瞬き、最後の命令

 残照が完全に消えた。


 群青色の空に、最初の星が瞬き始める。丘を吹き抜ける風の音が、少しずつ夜の冷たさを帯びていく。

 シオンの身体は、すでに足元から光の粒子へと還り始めていた。その光は蛍のようにフワフワと舞い上がり、静かな夜の闇へと溶けていく。


「……ナハト。……よく、聞いてくれ」


 膝枕のまま、シオンが消え入りそうな声で囁いた。


「これが、僕の……管理者としての……最後の、……ルート・コマンドだ」


「……コマンド、実行……? シオン、……演算の、継続を……推奨……」


 ナハトの声は、ブルブルと小刻みに震えていた。不可解なエラーログが演算領域を埋め尽くし、彼女の明晰な思考を酷く鈍らせている。


「……ナハトを縛る、……管理者への随伴命令を……全消去デリート。……上書き(オーバーライト)する。内容は、一つだけだ」


 シオンは最後の力を振り絞り、ナハトの手を握り返した。


「……君の望む、……君としての、……意味を、……探せ」


 自由。


 それは、シオンがナハトに遺せる、最も不器用で、最も美しい贈り物だった。


「……命令の、受信……。……処理、不能。……理由、……不明。……なぜ、……確認チェックが、……通らない……?」


 ナハトは、ぽかんと口を開けたまま、シオンをただ見つめていた。

 目の前で美しい光へと還っていく少年。自分の膝の上に確かにあったはずの重みが、サラサラと砂のように零れ落ちていく。


 現実感が、追いつかない。  

 悲しいのか、寂しいのか。  

 その感情の定義すら、今の彼女のデータベースには見つけられなかった。


 ただ。


 ポタリ。


 ナハトの瞳から、一滴の透明な液体が零れ落ちた。スーッ……と彼女の頬を伝い、シオンの透き通った頰へと優しく落ちる。


「……あ、……れ。……冷却水の、……漏出……? ……違う。……これは……」


 ナハトは呆然と、自分のこわばった頬に指を当てた。自覚のない、静かな涙。 論理の限界を越えた心の溢没いつぼつが、そこにはあった。


「……ふふ。……ナハトは、……もう、……システムを超えているよ」


 シオンの身体が、さらに激しく光り始める。


「……君は、……君で、いいんだ。……ナハト」


 手の中にあったシオンの指先がナハトの手をすり抜け、無数の光の塵に変わった。


(第99話 終わり)


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