合流
合図も、宣告もなかった。
ももりんが、ふっと顎を上げた──その瞬間。
足元から「ドン」と空気が鳴った。
見えない突風が、直線でひよりたちにぶつかってくる。
「っ──!」
反射的に腕を上げたその前で、風が別の風にぶつかった。
「はいはい! まずはご挨拶ってわけね!」
レンの肩の横で、掌大の風の塊──ルーチェがぱんっと膨らむ。
薄い膜みたいだった風が、一瞬で壁になる。
ももりんの風と正面からぶつかり合い、試験場の床に白い砂煙が走った。
床の配線がばたばたと浮き、折れた椅子が転がる。
「いきなり全力とか、アイドルって案外ゴリラなのね!!」
ルーチェが毒づく間にも、第二波が来た。
今度は上から。
屋根の穴の向こう──さっき落ちてきたドラゴンのようなキメラが、首を伸ばす。
喉の奥がぼうっと赤く光った。
「上だ、ルーチェ!」
レンが叫ぶ。
「前を押し返すな、そらせ! 角度四十五度、上に割って──!」
「注文多いわね!!」
ルーチェの体が、きゅっと細くなる。
風の壁だったものが、刃みたいな斜めの板に変わった。
次の瞬間、キメラの口から炎が吐き出される。
真っ直ぐ降りてくるはずだった火炎が、斜めに弾かれた。
白い風の板にぶつかり、そのまま天井の穴の縁を舐めるように逸れていく。
焼けた鉄骨がじゅうじゅう音を立てた。
(今の、完全にレンさんの指示通り……!)
ひよりは、レンの背の少し後ろで目を見張る。
「前からの風を受け止めて、上の火もそらす……」
ルーチェが、風を押さえながらギリギリと唸る。
「そのうえ日和ちゃんまで庇いながらはムリよ!!」
言われて、ひよりはびくっと肩を跳ねさせた。
「す、すみません!! でもどこ行けば──」
「下がれ、ひより!」
レンがぐっと腕を伸ばし、ひよりの肩を押して後ろに下げる。
「今のルーチェは“盾”だ。
前も上もさばいてもらうだけで手一杯なんだよ。」
「そうよ!? これ、普通なら三人分の仕事なんだからね!?」
ルーチェが文句を言いながらも、ももりんの第二撃を受け止める。
ステージから吹き鳴らされる風と、穴から降りてくる熱風。
風と風と炎が、試験場の中央でぐちゃぐちゃに絡み合った。
召喚屋は、その光景を見下ろして肩を揺らす。
「ええなぁ。
前にアイドル、横にドラゴン、下に精霊。
絵面としては満点や。ほんまええ気分」
グローブの指先が、ちいさく鳴る。
「ほな、こっちからももう一手。」
空気が、横から殴りつけるみたいに歪んだ。
「来るぞ、横!」
レンが叫ぶより早く、見えない衝撃波が風の壁をえぐる。
ドンッ、と鈍い音がして、ルーチェの形がぐにゃりと歪んだ。
「っぐぅ……! ちょっと! サンドバッグじゃないのよあたし!!」
風の壁の一部が薄くなる。
その細い隙間を見逃さず、ももりんの風が横から流れ込んできた。
「きゃ──っ!」
ひよりの足が浮く。
体が横に持っていかれ、視界が斜めに回った。
「ひより!」
レンが手を伸ばすが、指先が空を切った。
(やばい!このままじゃ─!)
ステージの端に叩きつけられる軌道。
その途中で、左手首の内側が焼けるように熱くなった。
足の裏に、風の向きが分かる。
自分の体がどっち向きで飛んでいて、どこに着地しそうなのか。
(今、右足を──)
考えるより早く、体が勝手に動く。
空中で腰を捻り、手すりを足で蹴る。
進行方向が変わり、ステージの角ギリギリを滑るように着地した。
「っ……た、立てた……?」
自分で自分に驚く。
さっき、二次試験のときにした動きと同じ感覚。
レンが横でやってた“空気の踏み方”が、薄く体に残っている。
ステージ上から、ももりんが目を見開いた。
「今の……」
召喚屋も、愉快そうに口笛を吹く。
「ええやんええやん。
ちゃんと“マーク”の意味、出てきとるやないか。」
ルーチェが、ぐらつきながらも風の壁を立て直す。
「ねえレン!
ほんっとにさぁ! あんたとドラゴンとひよりちゃん
精霊一体にさせる仕事じゃないからね!?」
「すまん。」
レンは、息を荒げながらも即答した。
「だから──」
視線を、ひよりに向ける。
ステージの端で、まだ膝が震えているひより。
左手首の紺色の印が、じわじわと濃くなりつつあった。
「ももりんは、お前に任せる。」
「はぁ!?!?」
ルーチェにももりんは任せ俺はひよりとーー
「ええやんけ!こい!レン!」
「続きいこか。“三次試験・続行”や。」
ももりんが、再び足を踏み出す。
ステージの上で、ライブと同じステップ。
ひよりは、左手首をぎゅっと握った。
(……レンさんの“力”。
使えるかもしれない‥)
推しと、レンと、精霊と、幹部と。
全部が入り乱れる風の中心で、
ひよりは震える足を、もう一度だけ前に出した。




