召喚
風の流れが、さっきから悪い。
レンはビルの屋上で、手すりに肘をかけたまま、コロニーの外を見下ろしていた。
「おっ、ほんまに男前やん。」
後ろから飛んできた声に、レンはわずかに肩を揺らした。
向かいのビルの縁に、ローブ姿の男が腰掛けていた。
フードは深く、顔の半分は影になっている。
両手には、指先だけが露出したグローブ。
男は足をぶらぶらさせながら、こちらを見下ろしていた。
「よう。なんかよう知らんけど、えらい敵意むき出しの青年くん。」
軽い口調だった。
「あの試合、めっちゃおもろかったわ。
風でゾンビまとめて吹き飛ばしたり、しまいには敵まで助けてもーて。」
レンは、剣の柄に手を置いた。
「それで? なんの用だよ。」
「上の連中がやねんけどな。
『あいつは本気で潰しとかんと、あとあとヤバい』って結論になってもて。」
男は肩をすくめる。
「で、俺が手ぇ挙げたわけよ。
せっかくおもろい素材やねんから、どうせなら、俺のやり方でバラしてみたいなー思て。」
「あの幹部は?」
「まー、勝手に接触してあんな有様やからなぁ。」
男は、ローブの奥で笑った。
「ま、そんな話はええやん。それより──俺の魔法、興味ない?」
男が、指をひとつ鳴らした。
パチン。
屋上のコンクリートの上に、黒い染みのような影がにじんだ。
影はすぐに盛り上がり、立体になっていく。
犬、猫、カラス──何匹分もの死骸が、ぐちゃぐちゃに重なって落ちてきたかのように、そこに現れた。
毛の色も大きさも、バラバラだ。
「召喚って分かる? 向こうじゃ、倒した魔物を登録して呼び出すんやけど。」
そして、わざと話題を変えるように言う。
「ドラえもん、もちろん観たことあるよな。
日本に住んどって知らんやつのほうが珍しい。」
「話がまどろっこしいんだよ。」
レンが眉をひそめると、男は手を振って制した。
「まー待てや。『日本誕生』、観たことある?
のび太が、ペガサスとかドラゴンとかグリフォン作るやつ。」
レンは目を細めた。
タイトルはうろ覚えだが、子どもの頃テレビで観た記憶の残骸が、かすかに引っかかる。
男は自分で続けた。
「別々の動物くっつけて、新しい生き物つくるやつ。
あれ、子どものとき痺れたんよなぁ。『そんなんアリなんや』ってさ。」
骨が軋む音。
肉が擦れ合う湿った音。
犬の脚が、あり得ない向きに曲がる。
そこへ猫の背骨が巻きつき、その上から鳥の翼が生えるようにくっついていく。
いくつものパーツが、ぐちゃぐちゃのまま組み替えられ、ひとつの塊になっていく。
四本以上ある脚。
背中から突き出した、羽とも骨ともつかないもの。
犬の口と猫の片目と、角の折れた鹿の頭蓋骨が、顔の位置で無理やりひとつにされている。
形はぐちゃぐちゃなのに、“一体”として立ち上がった。
キメラが、ずるりと一歩踏み出す。
屋上のコンクリートに、いくつもの足跡が不規則に刻まれていく。
「こっち帰ってきて気づいたんよ。
この世界、魔物おらんやんって。
おるんはゾンビと、やたらとしぶとく生き残ってる動物だけ。」
男は、指先のグローブをひらひらと動かす。
「せやから、こうした。
同じ座標に、同時に何体も召喚するだけ。
あとは、肉と骨と魂が勝手に喧嘩して、落ち着いた形が“これ”。」
「……お前、」
レンを行き場のない怒りが襲う。
「ゾンビだけを駒にしてると思ってたが。」
「ゾンビだけじゃ、君は殺せへんやろ。」
男は笑う。
「幹部会でな、『あいつはゾンビ相手には手ぇ抜いとる』って意見が出てさ。
ひよりちゃん連れてたデパートのときも、ビルの試合のときも。
せやから、“ゾンビやないもん”ぶつけてみよかって決まった。」
レンは、軽く息を吐いた。
「……ぶっ飛ばされる覚悟はあるんだろうな」
「誰が?」
ローブの男は、少し考えるふりをしてから言った。
レンは、剣を抜かなかった。
鞘ごと構え、屋上のど真ん中に立つ。
召喚屋が、グローブの指先を軽く鳴らした。
「じゃ、始めよか。
幹部の一人としての正式なお仕事──
“帰還者レンの処理”。」
風が、屋上を吹き抜けた。
キメラが跳ねる。
バラバラの脚が、信じられない速度で床を蹴る。
レンは足元に風を集めた。
踏み込みと同時に、屋上全体の空気がわずかに歪む。
最初の衝突は、一瞬で終わった。
鞘と、複数の骨がぶつかる音だけが、乾いた響きを残す。
キメラの身体が大きく弾かれ、屋上の縁に叩きつけられた。
それでも崩れない。
犬の脚がもつれ、鳥の翼がコンクリートをひっかき、無理やり体勢を立て直す。
(ゾンビと違って、“殺していいかどうか”考える必要がないぶん……)
レンは、わずかに口の端を上げた。
(こっちのほうが、まだ気楽だな。)
キメラが喉の奥から別の声を絞り出す。
獣の悲鳴と、人の叫びが混ざったような音。
召喚屋は、屋上からその様子を眺めながら、静かに笑みを深めた。
「ええやん。
やっぱ、あのデスマッチ観て手ぇ挙げて正解やったわ」




