第12話 着替えさせられる女
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おかみさんからは快く承諾をもらい、デイジーは一時休業となった。
むしろ、彼女はマックスのしでかした事に激怒しており、「クズ」が「排泄物」に進化していた。一応飲食店なので、その例えはちょっと止めたい。けれど、そう言ってくれる気持ちが嬉しかった。
ガーランドはおかみさんからたくさん差し入れをもらってきた。おかげでデイジー達は、バーンズも含めて三人、素敵な食事を楽しんだ。他の方々にという事で、使用人の分まで用意してくれたらしい。そちらも大好評だったとの事だ。
そうやって、無事に数日が過ぎた。
マックスについては分からないが、三日目の午後、彼らしき人物が店を訪れたそうだ。
すぐにおかみさんに追い返されたが、油断しないようにとの事だった。念のため、デイジーは外出も極力控え、家の中でできる仕事に従事している。
ガーランドに言われるまま、手紙の仕分けをしたり、宛名書きをしたり、ちょっとした雑用をこなしたり。
けれど、一番ガーランドが喜ぶのは、なんと言ってもデイジーの手料理だった。
「うまい。ものすごくうまい。最高だ」
いただきます、とフォークを握った直後から、ガーランドは感激した顔だった。一口食べるたび、大絶賛の嵐である。
「坊ちゃん、そちらの芋は私の味つけでございますよ」
「こっちもうまい。……けど、まぁ、それ以上に、魚もスープも全部うまい。うますぎて舌がしびれそうだ」
「大げさですよ、ガーランドさん」
向かいに座ったデイジーが苦笑する。
この屋敷には通いの料理人がいるが、夕食がメインとなっているため、朝と昼は適当に済ませる事が多かったらしい。元々仕事が忙しく、寝に帰るだけの生活が続いていたため、それでも不便はなかったようだ。
ちなみに、使用人の食事代は給金に含まれており、自分で用意して金を浮かせるか、買ってきて食べるかを選べるようになっていた。屋敷の厨房を使うのも可で、その際にかかる費用はガーランド持ちだ。
バーンズはガーランドの隣で、デイジーの斜め向かいに座る形だ。最初は二人きりでと言われたものの、是非にとデイジーに請われて一緒の席についている。
「デイジーさんは、とてもお料理がお上手なのですね。この老体、感心いたしました」
「そんなことありません。バーンズさんの味つけも、すごくおいしいです。私こそ勉強になります」
「いえいえ、そんな」
二人で微笑み合っていると、ガーランドが拗ねたような顔になる。「俺も褒めてるのに…」と小声でぼやくのが少しおかしい。
一緒に食事をするようになり、彼が思ったよりも子供っぽくて、負けず嫌いな一面があると知った。それがなんだか微笑ましかった。
二人きりの食事は緊張するし、客と使用人、半々の立場であるデイジーの立ち位置は少し微妙だ。バーンズがいてくれる事で、それがうまく緩和されている。もっとも、デイジーはそこまで考えていなかったのだが。
一月も経つころには、デイジーはすっかり彼らと打ち解けていた。
ガーランドが王都に戻るまで、あと一月。そう長い時間は残されていない。
このころになると、デイジーは今後の身の振り方を真剣に考えるようになった。
マックスと結婚する事は絶対にない。それだけは最初に決めていた。
仕事は好きだが、彼と鉢合わせするのは怖い。
町の生活も嫌いじゃないが、ひとりで住むほどの踏ん切りがつかない。
結局、田舎に帰るのが一番良さそうだ。
とはいえ、結婚前提でマックスと暮らしていたデイジーは、すでにお手つきの印象だ。戻ってもろくな縁談は来ないだろう。深い仲になるならないの問題ではなく、マックスを想起させるせいだ。特にデイジーのいた村は狭いので、村中が顔見知りだ。
デイジーも、しばらく男はこりごりだ。
好き勝手に搾取され、体まで弄ばれるところだった自分には、当分縁などなくていい。
お茶を切らしてしまった事に気づいたのは、そんなある日の事だった。
ちょうどガーランドとバーンズは仕事に出かけ、家にいるのは使用人だけだ。
使用人の数は三人。みんな忙しく、声をかけるのはためらわれる。
でも、このお茶はガーランドの気に入っていたものなので、できれば仕事帰りに出してあげたい。
少し迷い、デイジーは使用人のひとりに言づけて外出した。
彼は自分が行くと言ってくれたが、引っ越しの準備のため、連日作業に追われている。余計な手間をかけるのは申し訳ない。
それに、お茶の店はすぐ近所にあるので、さっと行って帰れば、誰かに見咎められる事もないだろう。
彼もこの辺りの立地は頭に入っているらしく、それならと礼を言って引き下がった。
久々の外出は、なんだか解放された心地がした。
お茶の店で目的の品を買い求め、すぐに店を出る。あちこちに目を惹くものはあったが、どこにも寄り道せず、まっすぐに屋敷を目指す。万が一、マックスに見つかったら大変だ。
帽子と前掛けで変装していたものの、用心に越した事はない。
わき目もふらず、デイジーは急ぎ足で屋敷へと向かった。
名前を呼ばれたのはその時だった。
「デイジー嬢? こんなところでどうしたんだ?」
「!!」
一瞬ひやりとしたが、声の主を確かめて力が抜ける。
「……ガーランドさん」
「何かあったのか? 大丈夫か」
驚いた顔でこちらを見ていたのはガーランドだった。
大丈夫ですと断ってから、デイジーは手にした茶葉を見せた。
「ごめんなさい、これだけ買いに出たんです。もう帰るところです」
「それならいいんだ。何もないならよかった」
ほっと息を吐き、ガーランドが目を細める。
「わざわざ買いに行ってくれたのか。ありがとう」
「勝手に外出してごめんなさい。でも、よく分かりましたね?」
デイジーはつばの広い帽子をかぶっていたし、使用人の前掛けを借りていた。ぱっと見では見分けがつかないはずなのに。
「俺が君を見つけられないはずないだろう。好……あ、と。友人、だからな」
何か言いかけ、ガーランドが慌てて咳払いする。
「ええ。友人ですね」
彼との仲は少し縮まり、今は友人となっていた。
それを見たバーンズもにこにこして、使用人達も微笑ましげにしている。
何よりも、ガーランドがものすごく嬉しそうな顔をしたので、デイジーの方が気恥ずかしくなってしまった。
おかげで最近は、なんだか妙にどきどきして、彼の顔が見られない。
「家まで送ろう。ちょうど仕事が一段落したところだったんだ」
「でも、悪いですよ」
「構わない。それに、俺も休憩したい」
休ませてくれとぼやかれれば、思わずデイジーも笑ってしまった。
「じゃあ、早速このお茶を出しましょうか」
「ありがたい。ついでに菓子も」
「朝のうちに焼いておいたクッキーがありますよ。チョコレートの粒を砕いて混ぜてあるので、色が可愛くて楽しいです」
バーンズにお菓子のレシピを習い、いくつか試しに作っているのだ。ガーランドの希望を酌んだものだが、デイジーも楽しんで引き受けていた。
「もしよかったら、君も付き合ってくれると嬉しい」
「そうですね。どうしましょうか」
彼と交わす他愛無い会話が、なんだか楽しい。
でも、これはあくまでも期間限定のものなのだ。
彼が王都に戻るまであと少し。
そうしたらデイジーは彼らと別れ、ひとりぼっちで田舎に戻る。
――だけど、できるなら。
ずっとこの時間が続けばいいのにと、デイジーは思った。
***
それから数日後、デイジーはガーランドから誘いを受けた。
「よかったら、服を新しくしてみないか?」
「え、ですが」
「この間、変装していたのを見て気がついたんだ。いつもと違う服を着れば、見つかりにくくなるかもしれない」
それはそうだけれど、手持ちの服は間に合っているし、わざわざ新調する余裕はない。
ガーランドからは十分すぎるほどの給金をもらっていたが、家賃や食費と相殺し、ここを出ていく日に返す予定だ。最低限の額を除き、手をつける気はない。
だが、そんなデイジーのためらいなどお見通しだったらしい。ガーランドは珍しく粘った。
「俺がそうしたいんだ。俺の安心のために、付き合ってくれないか?」
「でも……」
「友達として、君の身が危険だと思うと夜も眠れない」
そこまで言われては逆らえず、デイジーはおとなしく外出した。
彼に連れて行かれたのは、町の中心にあるブティックだった。
高級な服がいくつも飾られ、そのひとつひとつに目の飛び出るような金額が記されている。完全に気後れしたデイジーには構わず、ガーランドは平然とした顔で言った。
「彼女に似合うものを数着と、それに合う靴も。値段は気にしなくていい」
「ガ、ガーランドさん?」
「帽子はいかがいたしましょう?」
「合わせてくれ。一着は着ていく」
すぐに採寸され、いくつかの服が運ばれてくる。どれも色が綺麗で、華やかなデザインのワンピースだ。デイジーが一度も着た事のない種類で、袖を通すのすら怖い。
「どれもよくお似合いですよ。サイズも合うと思いますが、いかがでしょう?」
「は、い……」
「こちらの服ですと、帽子はない方がよろしいかもしれませんね。袖ありと袖なし、どちらの方がお好みですか?」
どちらといっても、意味不明だ。
目を白黒させるデイジーに、店員はにこやかに試着室へと案内した。
「……まぁ、何てこと!」
やがて、試着室を出たデイジーに、店員は感嘆の声を上げた。
「本当によくお似合いです。素晴らしいわ」
「あ、あの、私……」
「それは着ていく。残りは屋敷に届けてくれ」
何か言う前に、ガーランドが支払いを済ませてしまう。デイジーが口を挟む隙もなかった。
それに合う靴も用意され、促されるまま足を通す。柔らかな素材の白い靴は、あつらえたようにぴったりだった。
「あとは髪と、小物だな。それと……」
「お化粧もなさった方がよろしいかと。よろしければ、他のお店を回っている間に、予約を入れておきましょうか」
ぶつぶつと呟くガーランドに、店員がすかさず口を挟む。
「え? 髪? 小物? お化粧って?」
「ありがたい。頼めるか」
「それはもう。ご迷惑でなければ、その服に合う小物も選んでおきます」
店員がにこやかに胸を叩く。
「助かる。感謝する」
デイジーにはよく分からない呼吸で、二人がさっさと決めてしまう。わけが分からないまま、デイジーは店から連れ出された。




