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デイジーの事情*~あなたがやればいいじゃない~  作者: 片山絢森


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第12話 着替えさせられる女


    ***



 おかみさんからは快く承諾をもらい、デイジーは一時休業となった。


 むしろ、彼女はマックスのしでかした事に激怒しており、「クズ」が「排泄物」に進化していた。一応飲食店なので、その例えはちょっと止めたい。けれど、そう言ってくれる気持ちが嬉しかった。


 ガーランドはおかみさんからたくさん差し入れをもらってきた。おかげでデイジー達は、バーンズも含めて三人、素敵な食事を楽しんだ。他の方々にという事で、使用人の分まで用意してくれたらしい。そちらも大好評だったとの事だ。


 そうやって、無事に数日が過ぎた。


 マックスについては分からないが、三日目の午後、彼らしき人物が店を訪れたそうだ。

 すぐにおかみさんに追い返されたが、油断しないようにとの事だった。念のため、デイジーは外出も極力控え、家の中でできる仕事に従事している。


 ガーランドに言われるまま、手紙の仕分けをしたり、宛名書きをしたり、ちょっとした雑用をこなしたり。

 けれど、一番ガーランドが喜ぶのは、なんと言ってもデイジーの手料理だった。


「うまい。ものすごくうまい。最高だ」


 いただきます、とフォークを握った直後から、ガーランドは感激した顔だった。一口食べるたび、大絶賛の嵐である。


「坊ちゃん、そちらの芋は私の味つけでございますよ」

「こっちもうまい。……けど、まぁ、それ以上に、魚もスープも全部うまい。うますぎて舌がしびれそうだ」

「大げさですよ、ガーランドさん」


 向かいに座ったデイジーが苦笑する。


 この屋敷には通いの料理人がいるが、夕食がメインとなっているため、朝と昼は適当に済ませる事が多かったらしい。元々仕事が忙しく、寝に帰るだけの生活が続いていたため、それでも不便はなかったようだ。


 ちなみに、使用人の食事代は給金に含まれており、自分で用意して金を浮かせるか、買ってきて食べるかを選べるようになっていた。屋敷の厨房を使うのも可で、その際にかかる費用はガーランド持ちだ。


 バーンズはガーランドの隣で、デイジーの斜め向かいに座る形だ。最初は二人きりでと言われたものの、是非にとデイジーに請われて一緒の席についている。


「デイジーさんは、とてもお料理がお上手なのですね。この老体、感心いたしました」

「そんなことありません。バーンズさんの味つけも、すごくおいしいです。私こそ勉強になります」

「いえいえ、そんな」


 二人で微笑み合っていると、ガーランドが拗ねたような顔になる。「俺も褒めてるのに…」と小声でぼやくのが少しおかしい。


 一緒に食事をするようになり、彼が思ったよりも子供っぽくて、負けず嫌いな一面があると知った。それがなんだか微笑ましかった。


 二人きりの食事は緊張するし、客と使用人、半々の立場であるデイジーの立ち位置は少し微妙だ。バーンズがいてくれる事で、それがうまく緩和されている。もっとも、デイジーはそこまで考えていなかったのだが。

 一月も経つころには、デイジーはすっかり彼らと打ち解けていた。


 ガーランドが王都に戻るまで、あと一月。そう長い時間は残されていない。

 このころになると、デイジーは今後の身の振り方を真剣に考えるようになった。


 マックスと結婚する事は絶対にない。それだけは最初に決めていた。

 仕事は好きだが、彼と鉢合わせするのは怖い。

 町の生活も嫌いじゃないが、ひとりで住むほどの踏ん切りがつかない。

 結局、田舎に帰るのが一番良さそうだ。


 とはいえ、結婚前提でマックスと暮らしていたデイジーは、すでにお手つきの印象だ。戻ってもろくな縁談は来ないだろう。深い仲になるならないの問題ではなく、マックスを想起させるせいだ。特にデイジーのいた村は狭いので、村中が顔見知りだ。


 デイジーも、しばらく男はこりごりだ。

 好き勝手に搾取され、体まで弄ばれるところだった自分には、当分縁などなくていい。

 お茶を切らしてしまった事に気づいたのは、そんなある日の事だった。


 ちょうどガーランドとバーンズは仕事に出かけ、家にいるのは使用人だけだ。

 使用人の数は三人。みんな忙しく、声をかけるのはためらわれる。

 でも、このお茶はガーランドの気に入っていたものなので、できれば仕事帰りに出してあげたい。


 少し迷い、デイジーは使用人のひとりに言づけて外出した。

 彼は自分が行くと言ってくれたが、引っ越しの準備のため、連日作業に追われている。余計な手間をかけるのは申し訳ない。


 それに、お茶の店はすぐ近所にあるので、さっと行って帰れば、誰かに見咎められる事もないだろう。

 彼もこの辺りの立地は頭に入っているらしく、それならと礼を言って引き下がった。


 久々の外出は、なんだか解放された心地がした。


 お茶の店で目的の品を買い求め、すぐに店を出る。あちこちに目を惹くものはあったが、どこにも寄り道せず、まっすぐに屋敷を目指す。万が一、マックスに見つかったら大変だ。


 帽子と前掛けで変装していたものの、用心に越した事はない。

 わき目もふらず、デイジーは急ぎ足で屋敷へと向かった。

 名前を呼ばれたのはその時だった。


「デイジー嬢? こんなところでどうしたんだ?」

「!!」

 一瞬ひやりとしたが、声の主を確かめて力が抜ける。


「……ガーランドさん」

「何かあったのか? 大丈夫か」


 驚いた顔でこちらを見ていたのはガーランドだった。

 大丈夫ですと断ってから、デイジーは手にした茶葉を見せた。


「ごめんなさい、これだけ買いに出たんです。もう帰るところです」

「それならいいんだ。何もないならよかった」

 ほっと息を吐き、ガーランドが目を細める。


「わざわざ買いに行ってくれたのか。ありがとう」

「勝手に外出してごめんなさい。でも、よく分かりましたね?」


 デイジーはつばの広い帽子をかぶっていたし、使用人の前掛けを借りていた。ぱっと見では見分けがつかないはずなのに。


「俺が君を見つけられないはずないだろう。好……あ、と。友人、だからな」

 何か言いかけ、ガーランドが慌てて咳払いする。


「ええ。友人ですね」


 彼との仲は少し縮まり、今は友人となっていた。

 それを見たバーンズもにこにこして、使用人達も微笑ましげにしている。


 何よりも、ガーランドがものすごく嬉しそうな顔をしたので、デイジーの方が気恥ずかしくなってしまった。

 おかげで最近は、なんだか妙にどきどきして、彼の顔が見られない。


「家まで送ろう。ちょうど仕事が一段落したところだったんだ」

「でも、悪いですよ」

「構わない。それに、俺も休憩したい」


 休ませてくれとぼやかれれば、思わずデイジーも笑ってしまった。


「じゃあ、早速このお茶を出しましょうか」

「ありがたい。ついでに菓子も」

「朝のうちに焼いておいたクッキーがありますよ。チョコレートの粒を砕いて混ぜてあるので、色が可愛くて楽しいです」


 バーンズにお菓子のレシピを習い、いくつか試しに作っているのだ。ガーランドの希望を酌んだものだが、デイジーも楽しんで引き受けていた。


「もしよかったら、君も付き合ってくれると嬉しい」

「そうですね。どうしましょうか」


 彼と交わす他愛無い会話が、なんだか楽しい。

 でも、これはあくまでも期間限定のものなのだ。

 彼が王都に戻るまであと少し。

 そうしたらデイジーは彼らと別れ、ひとりぼっちで田舎に戻る。


 ――だけど、できるなら。


 ずっとこの時間が続けばいいのにと、デイジーは思った。



    ***



 それから数日後、デイジーはガーランドから誘いを受けた。


「よかったら、服を新しくしてみないか?」

「え、ですが」

「この間、変装していたのを見て気がついたんだ。いつもと違う服を着れば、見つかりにくくなるかもしれない」


 それはそうだけれど、手持ちの服は間に合っているし、わざわざ新調する余裕はない。


 ガーランドからは十分すぎるほどの給金をもらっていたが、家賃や食費と相殺し、ここを出ていく日に返す予定だ。最低限の額を除き、手をつける気はない。

 だが、そんなデイジーのためらいなどお見通しだったらしい。ガーランドは珍しく粘った。


「俺がそうしたいんだ。俺の安心のために、付き合ってくれないか?」

「でも……」

「友達として、君の身が危険だと思うと夜も眠れない」


 そこまで言われては逆らえず、デイジーはおとなしく外出した。


 彼に連れて行かれたのは、町の中心にあるブティックだった。

 高級な服がいくつも飾られ、そのひとつひとつに目の飛び出るような金額が記されている。完全に気後れしたデイジーには構わず、ガーランドは平然とした顔で言った。


「彼女に似合うものを数着と、それに合う靴も。値段は気にしなくていい」

「ガ、ガーランドさん?」

「帽子はいかがいたしましょう?」

「合わせてくれ。一着は着ていく」


 すぐに採寸され、いくつかの服が運ばれてくる。どれも色が綺麗で、華やかなデザインのワンピースだ。デイジーが一度も着た事のない種類で、袖を通すのすら怖い。


「どれもよくお似合いですよ。サイズも合うと思いますが、いかがでしょう?」

「は、い……」

「こちらの服ですと、帽子はない方がよろしいかもしれませんね。袖ありと袖なし、どちらの方がお好みですか?」


 どちらといっても、意味不明だ。

 目を白黒させるデイジーに、店員はにこやかに試着室へと案内した。


「……まぁ、何てこと!」

 やがて、試着室を出たデイジーに、店員は感嘆の声を上げた。


「本当によくお似合いです。素晴らしいわ」

「あ、あの、私……」

「それは着ていく。残りは屋敷に届けてくれ」


 何か言う前に、ガーランドが支払いを済ませてしまう。デイジーが口を挟む隙もなかった。

 それに合う靴も用意され、促されるまま足を通す。柔らかな素材の白い靴は、あつらえたようにぴったりだった。


「あとは髪と、小物だな。それと……」

「お化粧もなさった方がよろしいかと。よろしければ、他のお店を回っている間に、予約を入れておきましょうか」


 ぶつぶつと呟くガーランドに、店員がすかさず口を挟む。


「え? 髪? 小物? お化粧って?」

「ありがたい。頼めるか」

「それはもう。ご迷惑でなければ、その服に合う小物も選んでおきます」

 店員がにこやかに胸を叩く。


「助かる。感謝する」


 デイジーにはよく分からない呼吸で、二人がさっさと決めてしまう。わけが分からないまま、デイジーは店から連れ出された。

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