幕間 三:セレナのアシスト
「相談があるんですが……。」
「相談ですか? お願いじゃなくて?」
「珍しいですね。何でしょう?」
巨塊討伐の現場であるベルナット村へ調査へ向かう竜車の中。
セレナは人族と両生類の亜人の調査員二人に相談を持ちかけた。
「新人の冒険者チームが、なかなか仕事を貰えないらしいんですよ。私も経験があるので頑張れとしか言いようがないんです。私は誰かから特別に目をかけてもらった経験はないので」
上級冒険者チームに鍛えてもらい、店主に装備品を作ってもらってもなお勧めてもらえる仕事が少ない『風刃隊』。彼らのために何かしてあげたいという気持ちの余裕も生まれたようだ。
「はぁ」
役人からは気のない反応しか返ってこない。
それもそのはず。
「それは斡旋所の仕事……って言うか、役目で、我々は政府側ですから」
「越権行為になりますね。流石にそれを聞き届けるのはまずいですよ」
国が一冒険者チーム、しかも新人に肩入れする行為は問題になる。
国民、ひいては世界から非難を受けること間違いなし。
「そうじゃなくて、相談なんですよ。命に拘わる仕事とは無縁の……困ったことのお手伝い程度で」
「それ、冒険者チームのする仕事じゃなくなりますよ」
「街の何でも屋さんの仕事になっちゃいますね。彼らのプライドを傷つけかねませんし」
プライドとはほとんど無縁の彼ら。
卑屈というほどではないが、このままでは新人かつ兼業の冒険者。
いつまでたっても経験が積めない。
勿論新人の冒険者チームは数多くいる。
しかし下手に収入が安定した副業を手にすると、本職の冒険者になる道からドロップアウトしてしまいかねない。
名指しの依頼を受ける冒険者達は、実力上位の者達に集中される傾向にある。
そんな彼らはそれなりに実績があり、指名無指名問わず数をこなし達成率も高い。
難易度が高いという斡旋所の判断で、達成までの期限を長めに設定されている依頼を、かなり短縮して達成して帰還することも度々ある。
そんな評判が評判を呼び、指名したい冒険者はいるが順番待ちになる状態も珍しくない。
この現象は斡旋所や冒険者業界にとっては有り難くない現象である。
なぜなら、冒険者チームの中で格差が生まれ、実力上位のチームが解散引退すると、依頼人から当てにされないチームだけが残ってしまうのである。
そこで依頼が魔物退治しかない場合、経験不足から命を落とす冒険者が多発する可能性がある。
経験を積むためには依頼人からの信頼を得る必要があるし、信頼を得るには安全で簡単な依頼をこなして達成率を高めるのも一つの手。
しかしその簡単な依頼は、冒険者は上位より新人の方が多く、それゆえ引く手数多なのである。
「ペットの散歩とか屋敷の掃除とか……。そんな雑用でもいいと思うんですけど……」
「そこまでする必要があるってば、大臣クラスとか……」
「使用人がするでしょ。素材採集くらい……あ」
両生類の亜人が思いつく。
それを不審がる人族の役人。
「あの洞窟の中で、妙に気色が違う鉱物が目につくようになったって言ってたじゃないですか」
「あぁ、学者さん達がそんなこと言ってたな」
「危険地帯を解除された区域の分布図を作ってみたらどうだろうかって話ありましたよね」
「けど立ち消えたな。珍しい鉱物なら調査対象になる前に盗難に遭うかもしれないって」
調査ならうってつけの人物がいるではないか。
二人の会話にセレナは目を輝かせる。
しかしその人物の能力も、その鉱物以上に稀な種類。人体実験の対象にされたら非常にまずい。
「なら盗難になる前にどこで発見されたかを記録して、その後で物体は私の方で保管というのはどうでしょう?」
「セレナさんが?」
「しかし……。いや、やめましょう。調査協力の見返りとしてその鉱物の保管をするとなると、それこそ癒着が疑われますよ?」
痛くもない腹を探られるのは、誰だってされたくはない。
しかしセレナには切り札があった。
「ジュエリードラゴン、という種族のドラゴンはご存じ?」
話題がいきなり変わって面食らう二人。
しかしとりあえず返事はする。
「何の話ですか……。聞いたことはありますが」
「ドラゴン種の研究資料にはありますが」
セレナは身を乗り出して、声を潜める。
勿論竜車の客席にはこの三人以外には誰もいない。操縦席には御者が一人いて、客室の中の会話は聞こえないが、それでもセレナは念を入れる。
「その死骸のジュエルをうちで保管しているんですよ」
目撃情報が滅多にないジュエルドラゴン。研究者たちにとっては垂涎ものである。
知識など持ち合わせていない一般人ですら、もし実在するなら一目見たいと井戸端会議でたまに出るくらいリアリティのある話ではある。
二人の体は固まり、視線はセレナから外すことが出来ない。
この二人とて、私情では好奇心は抑えきれない。
しかしすでにそれは譲渡先は決まっている。
が、譲渡先の話が話題ではない。
「見せたいという話じゃありません。口は堅い。そして誰の目にも触れない管理場所がうちにあります。その奇妙な鉱物も厳重に保管できるという証明になるじゃありませんか?」
他にも保管場所があって、どこにしようか考察中ということであるならば癒着を疑われても仕方がない。
しかし盗難の恐れはどの倉庫にも存在する。
それはたとえこの国の王宮の宝物庫であってもだ。
「……上に話を通しておく必要があるかもしれないな」
「話を通したら、途中で漏れる可能性はある」
「……もしもセレナさんとこで盗難が起きたら……」
「クビ程度で済むかもしれない。しかもその鉱物全て保管するわけじゃないし、鉱物だけ保管するなら採掘場所がそこから手繰られるわけじゃない」
「しかしデータを我々で記録したとしてもだ。それを学者たちは信用してくれるだろうか?」
「なら先に、お二方で分布図を作ることを学者さん達に申し出てはいかがでしょう? 保管場所の話題はぼやかせばいいのでは? もし地図作りも任せられないのなら、それはそれで諦めるしかないと思いますが」
ダメだったら別の単純作業を見つければいい。
この作業にこだわる必要はない。
ただ、彼らの求める環境にアドバンテージは有している。ただし店主が『法具店アマミ』に居続けてくれる限りだが。
「ま、話をしてみるだけならタダだ」
「それだけでクビになる失態にはならんだろうしな」
セレナからの相談話がまとまった。
現場に到着するまで、後三十分ほどかかる辺りを竜車は通り過ぎて行った。




