客じゃない客 6
『風刃隊』のウィーナとミールにバイトの依頼を取り付け、この日も『法具店アマミ』の業務が終わった。
しかし店主の作業は終わらない。
同じ店で働きながら、セレナとの役割分担が重複しているのは店内の掃除くらいなもの。
物作りでは、部品の接着はセレナが担当することが多く共同作業と言えなくはない。
だが時間さえかければ店主も溶接などができるので、必ずしもセレナはが必要というわけでもない。
セレナは会計の収支計算を終えて、大きく一つため息をつく。
今日は、体力と精神力を特別に削らされたような気がした。
作業部屋を見ると、その時間が過ぎても姿勢を変えずに作業に没頭する店主が目に入る。
店主の作業の邪魔にならないように部屋に入り、自分の影も触れない位置から店主の作業姿を眺めていた。
作業の音が途切れる。
店主は額に浮かんだ汗を腕で拭う。
それを見て、セレナはようやく話しかける。
「接着の仕事、あるでしょ。やるよ?」
店主もセレナへの仕事の頼み方も学習したようで、分かりやすい設計図を描き、装飾のパーツの上下左右を間違えないようにすぐに落ちる塗料で目印をつけ、それを見てもらいながら接着、接続する仕事を割り当てる。
余計な仕事を伝えて混乱させるよりもはるかに効率がよく、この店に並ぶ品物の評判も上がっていった。
「……今日中に五人分終わらせるつもりだが、俺のペースについて来れんのか?」
「うん、大丈夫。……あの子達の三人分のパーツ、用意出来たんだ。すごいね」
『ホットライン』からの依頼と比べて『風刃隊』からの依頼の仕事が早いのは、セレナが作った物をベースに改良を施した物にしたため。
彼らからの最初の依頼同様、能力が高い装備品を与えたとしても使いこなせるかどうか不明。
破損すれば直せるが、紛失した場合も考えると、とてつもない損害を彼らは受けることになる。
「……すごいのはお前の方だろ? っつっても魔法が当たり前に使える世界じゃ当たり前なのか」
「……すごく、ないよ……。ほんとに、店主の方がすごいの」
セレナの力のない返事に、思わず店主がセレナの方に顔を向けた。
彼女はうなだれている。店主はそれが不思議でならない。
「……私、ね、私が戻ってくるの、待ってる人がこんなにたくさんいたなんて、思ってもみなかった」
「何言ってやがる。俺がここにきてすぐに来た客がいただろ。お前目当てに来てたじゃねぇか」
「お店のこととかを心配してくれたのかと思ったのよ。私だって、私に合う武器とか防具とかなかなか見つからなかった。……同じように困ってる冒険者達のためにお店開いたって話、したよね?」
確かにここでしか買い求めることが出来ない、ここでしか売られていない物を扱っている店なら、その存続を心配する声は確かに上がる。
「私……ウィリックしか見てなかったから、かな。ずっと、後を追い続けてたって感じ」
セレナは故郷のエルフの村で、幼い頃から遊んでもらった親類の一人、ウィリック=アーワード。
年は十才ほど離れていたが、エルフという種族から見たらほんのちょっと年上という感じらしい。
遊び相手をしてもらい、面倒を見てもらい、世話になりながら他の子供達と一緒に過ごしていた。
他の女の子と同様、幼心にも初恋というものを体験した。
「他の子と遊んでるのを見てやきもち焼いて割り込んでいったり、お兄ちゃんと一緒に遊んでたら他の子が割り込んで喧嘩になったり……」
彼が面倒を見るのはセレナや他の子たちばかりではない。
子供たち同士で諍いが起きた時の仲裁に入って仲直りのきっかけを与えたり、大人と一緒に村での仕事の手伝いをしたりする様子もしょっちゅう見かけた。
同年代の子よりも大人びた彼に抱いた感情は、恋心は尊敬の念に変わっていった。
「もっと人の役に立ちたいって言って、冒険者になるって決心したんだって」
村の将来を担う一人。
大人達からそう思われていた彼は、村に留まる器ではなかったようだ。
「子供たちみんなで駄々こねてた。けど私だけ違ってた。私もお兄ちゃんの後を追いかけて、いつかお兄ちゃんに追いつこうって」
昔話を始めたセレナは、懐かしそうに笑みを浮かべているが、その笑顔から力がなくなった。
自分が冒険者になると決めた時は、誰からも引き留められなかったのだ。
それが寂しかったのではない。
引き留められなかった理由が、少しだけ彼女を悲しい思いを持たせた。
「子供、産めないから、だって。生まれつきらしいの。でも、それと引き換えってことなのかもしれない。魔力は他の子よりも格段に上だった。それだけなら、お兄ちゃんの同じ頃と比べても上回ってたんじゃないかな」
冒険者としての道を進む。
依頼を受け、達成する。
その時の依頼人の喜ぶ顔を見て、冒険者としての志も芯が入っていった。
「たくさんの人の喜ぶ顔を見てね、そういうことかって。みんなで笑って暮らせる毎日を手伝ってあげたいって」
しかし悔しい思いもしたという。
そんな思いに気付くのが、ウィリックと比べて遅かった。
エルフとして、この世界に住む者として、内面の成長が遅れていたと自覚したことで。
「手本になってくれる人ってば、ウィリックしか思い浮かばなかった。世界は広いから簡単に会えるわけじゃなかった。けど、冒険者としての実績を上げていったら仕事の難易度も上がっていくんじゃないか。そしたら仕事も肩を並べて一緒に出来るんじゃないかって」
セレナはそう思って冒険者業を進んでいく。
思う通りに、願う通りにその実績は上がっていく。
ただ、彼女は自分に二つ名がつく事には気がつかなかった。
ウィリックに遅れて、単独冒険者十傑に名を連ねていたことに。
「巨塊の討伐にはね、最初は一冒険者として依頼を受けてたの。お店は既に開いてて、それで現場のバルダー村の被害は聞いてたから、お店もいっそのこと引っ越ししようって。現場の村じゃ地震は割と起こってたからお店やれるどころじゃないし、専業冒険者達もおちおち宿とってらんないって」
現場の隣村なら安心だったため、引っ越し先はそこにした。
今の『法具店アマミ』である。
「そのうち国軍省から声がかかったの。今はもう十傑の枠はなくなったんだけど、その十人にも一通り声をかけるって」
その募集の声にセレナは応じた。
そのときには、ウィリックとの再会は頭の中にはなかった。
村人達の苦しい生活を見て、より力になれるかもしれないと奮起した。
「お兄ちゃんとの再会は、軍に招かれた時だったな。十傑に入ってたことは知ってたけど、そのカテゴリーはもうなかったし、どこにいるって噂も聞こえなくなったから再会は諦めてた」
思わぬ再会が出来たが、喜んだのは一瞬だけ。
配属先が、第二突入部隊隊長のウィリックと、第一突入部隊副隊長のセレナ。
格が違ったのである。
「肩を並べることが出来なかった。同じ任務だけど、やっぱり追いつけなかった。対等な立場になれることで、私も成長できたんだって実感も欲しかったんだけど」
「……話とか、しなかったのか?」
いつの間にか作業を再開していた店主が、セレナに聞いてきた。
セレナは軽く驚いた。
作業中は自分から、しかも仕事をしながら仕事以外の話をすることは今まで全くなかった。
「え? え、えぇ。私語できるような雰囲気でもなかったし。軽い挨拶で『お久しぶり』くらいなものよ。個人的にはもっと話したかったけど」
予想以上に精悍な風貌に気圧された。
そんな彼に、今までの尊敬の思いのほかに、まるで自分の師匠のような思いも感じ始めた。
今まで風の噂で聞いてきた彼の実績が、セレナの心の中でそんな存在に変わっていったのだ。
実際に目にして、それが改めて強く実感した。
「今までよく頑張ったなって、一言でも褒めてもらいたかったんだけど、巨塊討伐のことがあったからそれどころじゃなくてね」
流石に子供同士の頃のような感情は互いに卒業していたようだ。
それも成長の証かもしれなかったが、セレナの望む成長はもっと遥か上の方にある。
「……で、テンシュと出会うきっかけの爆発で、また離れ離れになっちゃうって感情が沸き立って、普通じゃなかったかもね、あの時は。だからと言って、テンシュとの約束を破っていいわけじゃなかったものね……。あの時は……本当にごめんなさい」
店主からは何の反応もなく、作業を進めるのみ。
言葉だけの謝罪ならば何とも言いようがない、ということもあるのだろうか。
「……私は、すごくなんかないよ。ウィリックのこと助けようと思ってるけど、彼が事故に遭った時の話すら聞くこともなかったし、自分のことだって店主に助けられてばかりだもん。……テンシュの方がすごいよ。力はないのに仕事の邪魔をする冒険者相手に凄んだりするし、仕事の質が落ちそうになるとすぐに作業止めたりするじゃない?」
ここでの信頼をなくしても、自分の生活の舞台ではない異世界だけのこと。
自分の生活基盤のある世界に影響が及ぶわけではない。
むしろセレナの言う通り、作り上げた品物の質を落とすことの方が悪影響を及ぼす。
職人としての腕前を上げるために鍛える場としては最適。そんな環境を有効に活用するには、作品や製品の質に対して常に最善を尽くす。
そうでないと、この世界で作業する意味がない。
「確かに俺の世界じゃ俺のこの力は特別なもんだ。だが俺がいなくてもお前はここに戻って来れた可能性もあったんだぜ?」
「何度も言わせないで。テンシュがいなければ帰って来れなかった。扉を変えたのは私の術だけど、宝石にそんな力があるなんて考えもしなかったし、あるのは分かったとしてもどの部分を入れ替えればいいかなんて、テンシュにしかそんな見極め出来ないよ」
「好きな時に戻ることが出来りゃ、お前にどう思われようが構やしないがな。俺を好き放題使い回しても構わんが、体力の限界と俺の世界でトラブルが起きることを完全に回避する限りな。その代わり、俺もお前を使い回す。今日中に残り二人分完成させるぜ?」
『ホットライン』からの依頼に特別期限を設けてはいなかった。
しかし依頼人からの期限の延長をほのめかされたままでは、職人としての沽券にかかわる。
セレナは、仏頂面のまま自分に指図する店主に、それも店主への恩返しの一つとでも言うような笑顔で応じる。
二人は夕食も夜食も摂らず、日が変わる前に『風刃隊』からの依頼を完了させた。




