客じゃない客 2
結局この日がいきなり、ウィーナとミールの、バイトで毎日を過ごす最後の日となった。
その最後の食事会は夕方。
座る席も双子がバイトを始めてしばらくは双子、セレナと店主、ヒューラーとキューリアという具合に身内で固まっていたが、今では店主だけが一人席が離れ、後はその時次第に自由に座るほど、それぞれの距離は縮んではいる。
そうなると店主がいるとは言え女子が四人。会話も弾んでいくのも自然な流れ。
「そういえば、模擬戦って修練所使うんでしょ?」
食事の手を時々休めながらの会話の中で、セレナが不意に切り出した。
「まぁそうなるわね。使用料がそのたびに必要になるから……」
「公式には明後日かららしいけど、顔見知りの人は明日から動くらしいって話なんだけどね」
「何? 模擬戦の代わりになりそうなことがあるの?」
セレナからの情報は、双子と『風刃隊』にとっては願ってもない話だった。
「巨塊討伐の現場のバリケードあるの知ってる?」
「あんな馬鹿でかい丈夫な壁、しかも上空からの侵入も許さないって感じだったわよね。それがどうかしたの?」
「今日中に撤去されるって話でね」
「巨塊への道が解放されるってこと?」
「違う違う。行方不明者が見つかり始めてるらしいの。洞窟の中で発見されるから、見つかりやすいようにバリケードは外そうってことになったんだけどね」
そんな者達の救助活動やパトロールする者達を募集するとのこと。
募集人数に制限はないものの、ボランティアではなく手当てがつく。早く手続きを済ませば手当てが付く対象の仕事にもその分早くありつける。
「手当がつく仕事をするってのは魅力だし、国の主動で行う事業だからそっち方面の顔見知りも増えるかもしれないよね」
「あー、そりゃ国の人とコネができるかもしれないなら、私達と模擬戦するよりもメリット大きいんじゃないかなあ」
「でも……」
「ねぇ」
セレナの提案にキューリアも同調するが、双子は渋る。
「冒険者じゃなくても元救助隊員とか、ちょっとしたノウハウを持ってる一般人だって参加するだろうし……」
「それにいくら権力を持つ人と知り合ったって、どんな人か分からないから怖いし、そんな人達に仕事で使われるより『ホットライン』の先輩達と模擬戦する方が有意義だしうれしいし有難いし、ね?」
「! 可愛いなぁ、もうっ!」
ミュールがそう言い終わるや否や、隣に座っているキューリアから力いっぱい抱きしめられる。
「ぐ、ぐるじぃ……」
「お前ら、飯中だぞ」
和やかな食事の時間もやがて終わり、片付けもみんなで済ませる。
四人がそれぞれの拠点に帰り、少しだけ寂しく感じる『法具店アマミ』の二階。
いつもなら、食事が終わるとすぐに作業部屋に行く店主だが、流石にいつもの時間との違いが分かったのか後片付けに付き合った。
そして作業部屋に行こうとする店主をセレナは呼び止めた。
「……その、発見された行方不明者なんだけどね」
食事中に出た話題を再び口にした。
しかしその表情は食事中の時とは違い、何か思い詰めている。
こんな顔で話をされるその中身は、この世界とさらに深く関わるようなものであることには間違いない。
「……日中も言った通り実戦じゃ使えねぇぞ。力を見ることが出来る。俺の能力はこの世界でも特別な力らしいが勘違いすんじゃねぇ。その力が意外なところで発揮出来るかもしんねぇが、俺は自主的にその工夫をするつもりはねぇ」
「分かってる。出来る範囲のことだけでいいから手伝ってほしい。まだ行方不明の人達はいるし、見つかった人たちはみんな重傷を負ってる。ほぼ無傷だったのは私だけ。……だから……」
セレナは言葉を止めると俯いて首を軽く左右に振る。
そして努めて明るい顔と声を出す。
「だから店主に、あの宝石全部あげることにしたんだから。といっても置き場所は今までと変わらない秘密の場所だけどね」
ヒューラーとキューリアもその全部を見たい、換金すべきとしつこく迫られたジュエリードラゴンの遺体のことである。
その姿そのまま遺すことはできなかったが、その体積だけならこの『法具店アマミ』の建物の三倍は超える。
秘密の場所と言っても、隣の棟の倉庫の地下の更にその先。
この世界ではクールな店主も流石に我を失うほどの量と、その中に秘められた力。
それを換金するにも素材にするにも、一気に表舞台に出せば市場が壊れかねない。
店主は、セレナからの依頼の報酬としてその宝石を望んだが、考えてみればそれを日本の金銭に変えるわけでもなく、『天美法具店』の商品にすることもできない。
結局宝石の使い道はこの世界での装飾品や装備品にすることしかならないので店主の身に得することは一つもない。
それでも報酬として受け取った以上依頼の仕事もこなさなければならないが、店主は出来ること以上の仕事をするつもりはない。
「何を期待しているか知らんが、お前が俺を拒否する態度を取らない限り、この店で宝石職人としての仕事をする。ただそれだけだ」
ぬいぐるみを買ってくれたり、喉から手が出るほど欲しい物を報酬にすると決めた時に滅多に見せない喜びの顔を見たりしたことで、セレナは店主との距離が縮まったと思っていた。
しかし依然として店主のとる姿勢は変わらない。
巨塊討伐の件では、少しずつ明るいニュースが入って来てはいるもののいまだにセレナの目当ての人の情報は入らない。
「うん、それでいい。よろしくね」
セレナはそう返すのが精一杯だった。




