客じゃない客 1
ぬいぐるみに特別な効果があるわけではない。
店主が作ったものであるならば、素材も力がある物を厳選して作られるだろうし、完成品にはそばにいるだけで効果が得られる力を持たせることも出来ただろう。
だがいくら店主でも作れない物はたくさんあるし、既製品でしかも選んだのはセレナならなおのこと。
つまり、セレナに買ってやった大きな狐のぬいぐるみはごく普通の品物であり、それを一部破損させ修復した別の形にした結果も、何ら特別な力を有しているわけではない。それもまた普通のぬいぐるみである。
だがセレナがそのぬいぐるみと添い寝した次の日から、調査協力に出かける日が少なくなっていった。
「バイト、クビですか?!」
「お仕事、欲しいですっ!」
「お前らの本職はアルバイターかよ」
冒険者チーム『風刃隊』のウィーナとミールが『法具店アマミ』でバイトを始めて三週間以上経過した。
バイト代を日給で貰っている彼女達が倹約して生活しているのなら、五人の共同生活であったとしても貯金はかなりの額になっているはずだ。
本業を忘れる程バイトに明け暮れるのも困りものだろうが、安定した収入があるのは心強い。
その気持ちは分からなくはないが、冒険者になる志はどこへ行ったのやら、と店主はやや呆れ顔。
「チーム的にも歪っぽいんだよな、お前ら。まあ噛み合ってりゃそれなりの力は出せるだろうし問題ないと思うんだがな」
店員の数が増えれば、それだけ店に関わる客数も増えてくる。
その分仕事を中断させられることも増えてきて、店主の作業も捗らなくなる。
それを嫌う店主はそんな事態を避けるための正当な理由を挙げるが、二人は自分達のことを気遣ってくれていると思ったようだ。
「じゃ、じゃあ私達に何が必要なんでしょう?!」
「私達だって、本業一本で生活していきたいですっ!」
「俺ぁお前らの保護者でもなきゃ監督責任者でもねぇよ」
「そんなぁ……」
「教えてくださいよぉ……」
店主を縋るような目で見るウィーナとミール。
「テンシュってば、教えてあげるくらいいいじゃない」
「余計な口出ししてんじゃねーよ、セレナ」
二人の応援をする声が三人にかかった。
今までは毎日巨塊討伐失敗の調査に協力するため一日中外出していたのだが、半日くらいになり、彼女の気持ちにも余裕が生まれるようになった。
「大体俺は力を見ることしか出来ねぇんだよ。こいつらの力関係見りゃそれぐらいの診断は出来るが、実戦とか実地じゃ違うだろ? それでも模擬戦の相手してくれてるあいつらの方が俺よりももっとましな判定下せるだろうよ」
店内で警備をしているヒューラーに向かって指を差す。
四人の会話が聞こえた彼女はそんな店主と目が合った。
「何? 私達の話? 勝手に話進められても困るんだけどね」
「だったらお前らが面倒見てやれよ。実際に手合わせしたんだろ?」
実際力を見るだけしか出来ない者からの助言よりも、実戦さながらの模擬戦の相手をした者からの方が実利に適う的確なものが多い。
しかしウィーナとミールは店主の方に相談を持ち掛けた。
店主の方が肩肘張らずに話しかけやすい、と思われているのだろう。それにやはりキューリアとの最初の出会いが衝撃的だったこともあるせいか。双子のバイトの日は三食を共にする間柄となったが、何となく両者のぎこちなさが見え隠れしている。
あんな風な出会いだったらば、自分もここまで馴れ馴れしくされずにすんだだろうか、と店主は後悔に似た感情を持つ。
「セレナも一日中店にいる日が増えたんだ。ま、それが当たり前なんだがな。いっそのことどっちもフルメンバーで模擬戦一日中やってみたらどうだ? 新人冒険者だけのチームってお前らだけじゃないんだろ?」
冒険者の修練所を卒業したばかりの新人は、実力がある顔見知りの冒険者がいるチームに見習いや下働きなどで加入するのが無難なデビューの一つである。
しかしそんな縁のない者達は先輩達から声がかかることはない。
そうなると『風刃隊』のように新人同士でチームを組むことになる。
そのようなチームは、稀とは言わないが、その数は多くはない。
当然他のチームとの関係も持つことのないチームとなり、実績を重ねるペースもそんな者達と比べれば遅れがちになる。
実力派のチームと知り合いになる機会も当然ない。
つまり、そんな実力派の『ホットライン』と、たとえ出会いが最悪だったとしても模擬戦の相手をしてもらえる面識を持った『風刃隊』は、新人チームばかりではなく中堅クラスの冒険者チームからも羨ましく思われるくらいである。
「バイト姿も板についてきた感じだけど、冒険者業が本命ならそれもいいかもね。セレナは明日は……」
「いるよ。だから必ずしもバイトは必要ないかな。テンシュの言う通り、模擬戦してみたら? 評判が立って依頼がくるかもしれないし」
「う、うれしいし有難いんですけど……」
「い、いいのかな……。先輩達に申し訳ないような気が……」
「気にしない気にしない。長期の出張で報酬もかなりのもんだったからもう一週間くらい休養期間にしようって決めてたから。それに可愛い後輩が出来たことだしね」
双子は顔を赤くする。
緑の鱗の肌でも赤くなっているのが店主にも判別できるほど。
「お前ら、言っとくがただの手合わせじゃねぇぞ? 冒険者としての仕事の一つとして取り組んで来い」
店主のぶっきらぼうな言い方に浮ついた双子の気持ちが一気に冷めた。
冒険者の心得もない者の物言いではない。
「お前らのためを思って言ってんだぞ? 今セレナが言っただろうが。一日中模擬戦が出来る体力や戦力戦術を持っているっていう証明ができるし実績もできる。おまけにチーム同士で息も合うならそいつらから助手を頼むって依頼がお前らに来るかもしれねぇんだぞ?」
「「あっ……」」
一つの依頼を複数のチーム宛ての依頼というのはほとんどない。
必ずどちらかがメインとなり、そこに格差が必ず生まれる。
どのチームも同じ仕事をして差をつけられるような評価はされたくはない。
だがこの二チームのように、明らかに実力に差がある複数のチームであればそのような件はなくはない。
しかし実力が上のチームからは足を引っ張られたくないということで拒絶される。
つまり『風刃隊』は他の新人チームと比べて、極めて恵まれた環境にある。
店主の助言は、そんな冒険者業界の事情を知ってか知らずか出てきたもの。
だがウィーナとミールは、その助言のおかげで自分達の置かれた立場を再認識することとなった。
「もっともセレナは今後、巨塊とやらの調査に一日中駆り出されるかも分からん。そんときにはバイトを頼むかもしれんが、そっちの本業がある時は断ってもいいからな?」
「「え、えーと……」」
双子は苦笑い。
その選択肢は彼女らにとって贅沢な悩みのようである。




