客じゃない客 3
「テンシュ、こんなの作ってみたんだけど」
翌朝やってきた店主にセレナが出迎えるなりいきなり金属製の物体を見せに来た。
「来て早々何の……ベル?」
「うん。最初にテンシュと会った時、店の中に案内してもらったでしょ? カウンターの上にちょこんと置いてあるじゃない。あれ、可愛い形してるなーと思って、何のために置いてるんだろうって」
呼び出し用のベルを作ったのだという。
セレナの言いようから察するに、彼女は呼び出し用のベルを初めて見たようだ。
しかしこの世界にはない物ではなかったらしく、単にセレナが物を知らなかっただけのこと。
調査ちゅうの雑談でベルの話を切り出したらいろんな形があったようで、『天美法具店』で見かけた物を説明したらその仕組みを教わることになり、それを作ってみたとのこと。
店主が試しに鳴らすと、高くきれいな音が店内に響き渡る。
「うん、いい音っ。これなら作業中のテンシュでも聞こえるよね?」
「何度も鳴らされるとうぜぇな」
「聞こえるよね?」
「う」
「聞こえるよね? じゃ、置いとくね? それと、ドアベルも付けとくから」
ベルを設置するだけなのになぜこんなににこやかなのか。
セレナが浮かべる笑顔に、何か裏があるような気がしたせいか店主は後ずさる。
「と、とにかく今日もお前いるんだろ? ならベルを鳴らす奴もいないだろうし、売り場は任せるぞ」
「え? ちょっと、朝ご飯は?」
「お前の笑顔が怖いからいらない」
「ちょっとっ! どういう意味よっ!」
真面目な顔で言うものだから始末に負えない。
もっとも冗談を言うこともあるが、こちらの世界ではまず言うことはない。
何も食べずに朝から仕事は健康に悪い。
そんな正当な主張を振り回しながら、逃げる店主を力づくで抱え込んで二階に上がる。
「男を小脇に抱えて運ぶ女ってどうかと思うぞ?」
「逃げるからでしょ!」
「……このままどでかい寸胴か何かに放り込まれて出汁とられそうだな」
セレナの脇から前に出ている店主の額を、セレナは平手でピシャリと叩く。
冗談なのか本気で言っているのか、セレナにはほとんど区別がつかない。
「いいから黙って朝ご飯食べなさい!」
インスタントラーメンが体にあわなかったセレナは店主の身を案じる。
体が資本の仕事を本職としているセレナにとっては捨て置けない問題である。
それがフィールドワークであろうとデスクワークであろうと、健康維持と管理が何より第一とする。
観念したのか、抱えられている店主は無抵抗。
そのまま食卓の椅子に座らせられた。
セレナに促され、二人で食事を始める。
店主は腹七分目辺りで箸を置く。
ここで普段摂る食事の量とほぼ変わらない。
「しっかり食べてもらわないと、私の依頼も達成できないわよ?」
久々に二人きりの食事なのか、遠慮なく目ざといことを言うセレナ。
「確かに、憧れのお兄ちゃんを見つけ出してもらわないと困るから、ってくらい量があるよな。飯食わせてんだからキリキリ働けって言われてる気がするなオイ」
「な、何よ、その言い草。大体テンシュ……」
「気を遣うなって何度も言ってたけど、食事はついでに作るからって言ってたよな。どう見てもお前が食う量の二人分だぞ? 俺に何かさせるためにご馳走を作ったとしか思えんのだが」
店主への報酬は、それが最終的にはどう扱うことにするにせよ、この世界の宝石や鉱物とした。
金銭は使う機会がない上に価値が分からない。分かるとすればそれらが持つ力くらいだからだ。
過剰と思われる店主への世話。
バイト達が来ていた間とあまり変わらない質と量。
その質は店主が身を持って体験している。
ここで摂る食事は、健康維持どころではない。体質改善にまで効果がありそうな物だった。
都合のいいように店主を使い回す。
そんな下心がありそうに見えたのだろう。
「わ、私本当に」
「心配すんな。報酬は貰えるんだ。やるべきことはやってやる。けど出来ねぇことはやる気すらしねぇし、余計な報酬を貰うつもりもねぇよ」
二つの世界の環境や価値の違いは、どう工夫しても埋めようがない。
そして店主とセレナのそれぞれの立場の違いも加わって、それが認識の違いを生み出している。
店主はそう言い切ると、セレナの返事も待たず、彼女に目もくれずに席を立ち、作業部屋に向かった。 この日は、ややとげとげしい雰囲気の朝での始まってしまった。




