強盗
「さて。まずは敵戦力の見積もりと、こちらの戦力の確認がセオリーだけれど、その前に、っと」
何やら呟きながら、懐の笛をレベッカさんは取り出す。
彼女が咥えて吹くが、特に音は聞こえない。
だが、微小な魔力を感じるから、何かしらの魔道具だろう。
「これでよし」
「何をしたのですか?」
「森の中の野生動物達をここに呼んだの。後方の足止め代わりにね」
狼煙を上げた連中の足止めか。
ならばと、もう少しだけ馬車のペースを落とす
「レベッカさん。誰かに狙われているのですか?」
「私じゃないわよ。今回狙われたのは貴女達よ」
問答しながらも、戦闘準備を整えるフィオとレベッカさん。
どうやらレベッカさんの武器はブルウィップらしい。珍しい。
「私たちが? なんで? 誰に?」
「狙っているのは街道整備をしている作業員。ほとんどが公都のスラム街の連中だから、あの人達。昨日の村開発を始めたばかりでしょ。そういう初期の入植者って、領都のスラムから来る移住者ばかりだから、貴女達を見て、昨日の内に公都に知らせに行ったのでしょうね」
くそ。そういう事か。
迂回しようにも出来ない、森の間に作った一本道で待ち構えるとは、タチが悪いな。
「襲う理由はシンプル。ただの強盗よ。いくら冒険者といえども女が二人の馬車。パッと見て、おいしそうじゃない?」
「そういう事ですか。……でも、なんでそんな連中に公共事業させてるのよ」
「元請けはまともでも、孫請けともなれば、スラムの人間を作業員に使うなんて普通よ。孫請けから来ている現場監督は、脅されているか、ワイロ貰っているか、そもそもグルか」
フィオのぼやきに、律儀に答えるレベッカさん。
『元請けから監督来ないのかよ。不適切だが、違法ではないって奴か』
公都の治安が気になるが、今は目の前の問題を対処しないと。
「それで、どうしますか?」
「そうねぇ……。クリス、貴女が強盗ならどうする?」
「スラム街の住人というのは、当然戦闘訓練なんてしていないですよね?」
「もちろん。戦闘技能があれば、普通は兵士にでもなるわよ」
烏合の衆か。
であれば、
「まずは馬防柵で足を止めますね。それから……」
どうするかな?
足を止めて、封殺かな。
「10人くらいで遠巻きに囲んで、クロスボウを出して脅迫、投降を促して無力化を狙いますね。結局、その後は身ぐるみを剥いで殺して、死体は森に捨てるのでしょうが。……もしバカなら乱暴してから、殺すかもしれませんね」
「そうね、そんなところでしょ。付け加えると、ちょっとでも悪知恵が働くなら薬漬けにして、ヤク中にされるわ。それで逃亡先の別領で売春させるわね」
冗談じゃない!
『仮にヤバくなったら、全員焼き殺すけどな』
「ともかく、どうするのよ? あっ、でも馬防柵見かけたら、魔法で吹き飛ばしちゃえば良いかな?」
「フィオちゃん、それは駄目よ。敵対行動をされる前に手を出したら、相手に工事の一環で柵を張っていたと言われると、こちらの負けよ」
「でも足を止めた途端に、いきなり射掛けられたら、マズイじゃない!」
「それはないんじゃないかな? 目的はボクらを殺す事じゃなくて、強盗して逃げることなのだから、足としても資産価値としてもアランを傷つけたくないでしょ」
あぁ、なるほどね。
会話をしながら、考えがまとまってくる。
勝ち筋が見えてきた。
「それでレベッカさんは魔法どの程度使えますか? フィオは水を除いて、ボクは全属性上級まで使えます」
本当はもう少し使えるけど。
「私も全属性上級までよ。それで、何か思いついた?」
「えぇ。多少雑ですが」
――――――――――――――――
残念ながら、予想通り馬防柵があった。
視認した時点で全員強化魔法を使う。
可能性は極めて低いと思うけれど、本当に工事の一環だった場合を想定して先制攻撃は出来ない。
柵の20m手前で馬車を停止させる。
御者台を降りて一人で柵の前にいる男へ近づく。
馬車内にいた二人も馬車を降りて、アランを挟むように立っている。
「すみません。通りたいのですが、何かあったのですか?」
「いやいや何もねーよ。強いて言えば2人と聞いてたのが、3人ってことぐらいだ。もっとも、三者三様系統の違う姉ちゃんで、儲けが増えただけだな」
「なっ!」
『確定だな』
怯えた演技をしながら、少しずつ後退する。
下卑た笑いのお手本のような顔をしながら、男も悠々と近づいて来ているので、距離は広がらない。
「なぁ姉ちゃん。降伏しないか? 馬車と武器は頂くが、大人しく降伏するなら命は助けてやるぜ?」
そうほざきながら、男は右手を上げる。
周辺からわらわらと、クロスボウを持った男達が出てくる。
サッと数えたところ、十数人ってところだね。
後方に回り込まないとか、頭大丈夫かこいつら?
『誘蛾灯に吸い寄せられる蛾の如く、女に1mmでも近づきたいんだろ』
「クククッ」
後退を続けつつも、迷う演技に切り替える。
ここまで想定通りの行動と想定を上回る愚図っぷりに、正直なところ演技を出来ているか、自信は無いけど。
それでも、順調なのだから構わない。
予定の位置まで後退し、左手を上げる。
『エアソナー!』「アースウォール!」「アースウォール!」「デンスフォグ!」
『14人だ! 位置はわかったな!?』
了解!
アランとボクをハの字の形で囲む様に、フィオとレベッカさんが唱えた土属性上級魔法アースウォールが覆う。
ボクの唱えた水属性上級魔法で周囲が濃霧に覆われ、視程は1mも無い。
次の瞬間、ドスッ、ドスッと音を立て、高さと横幅3m、厚さ1mの土壁に矢が刺さる。
「撃つなバカヤロー。馬が傷ついたらどうする! 所詮女だ。近づかれたら、力づくで抑え込め!」
どうやら風魔法は使えないらしい。少なくとも中級以上は。
ご丁寧に射撃を止めてくれたので、壁を飛び越え、模擬剣を抜く。
心情的には腑に落ちないけれど、殺してしまうと後々が面倒。
同士討ちを警戒したのか、全員ほぼ無防備に突っ立ている。
こちらはおおよその位置を知っているので一方的だ。
棒立ちの敵の膝を砕き、行動不能にしていく。
数人倒したところで、仲間の叫び声に反応したらしく、敵も棒立ちをやめて行動に出た。
大きく分けて行動は二パターン。その場で武器を無闇やたらに振り回す連中と、逃げ出す連中。
いないとは思うが、増援を呼ばれても面倒なので、逃げ出す連中から始末。
森へ逃げれば良いのに、公都方向へただ街道を逃げるのみ。
後ろから蹴り、突き、切り伏せる。
残った連中を始末しに戻った頃には、武器を振る事に疲れていたようで、振り回す動きも精彩を欠いている。
逃げる連中同様に、背後から全員を叩きのめした。
「お疲れ様」
「二人もお疲れ」
土壁の処理が終わったところで、強盗達を縛り上げていた二人が戻ってきた。
全員きっちりと縛り上げて、街道の端へ転がしている。
レベッカさんのバッグから、明らかに容量を超えた縄が出てきていたが、あれも魔道具らしいね。
公都へ向かって再び出発すると、見回りの兵士さん達がやってきた。
先ほどの狼煙を見て、急遽こちらへ来ていたらしい。遅いよ。
強盗の件を伝えると、ボクらもその場で一度待たされ、強盗達を確認した後に、兵士さん達と一緒に駐屯地に行く事になった。
はぁ、事情聴取か。
仕方がないのだけれど、運が悪い。
ブルウィップ=牛追い鞭(インディジョ○ンズのあれです)




