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ビーストテイマー

 開拓途中の村に到着。

 こういった村には初めて来たのだけれど……。


「なんか……ちょっと臭うわね」

「うん。結構キツイねー」


 あまり衛生的じゃないみたいだ。

 開発中の村だからなのか、バラック小屋も多い。

 それにみすぼらしい恰好をしている子供も多く、その困窮具合が垣間見える。


 でも、こんな環境から、ボクらのご先祖様達は街を作っていったのだから、純粋に凄いと思う。


「じゃあ先に宿泊手続きしてくるからよろしく」

「了解。よろしく」


 フィオを宿で降ろして、依頼の荷物を届けるためにボクは臨時の村役場へ赴く。



 団長さんは50歳前後の壮年の男性で、デゥエインさんと名乗られた。

 ボクがイメージする役場と違って、デゥエインさんの他は奥様と思しき女性が一人いるだけだった。

 どうやら、村役場は団長宅も兼任しているご様子。


 倉庫へ行き、荷降ろしを手伝う。荷降ろしが終われば、少し世間話をしながら検品を待つ。

 もっとも、世間話といえ、団長は准貴族なので少しばかり気を使う。


「そういえば、君らと同じ冒険者が今ここに来ているんだよ」

「魔物駆除、でしょうか?」

「いいや、周辺調査さ。領政府がここの支援に寄こしてくれたのだが、一人で来ていたので、何かと配慮が必要でな」


 領政府の支援か。

 一人でなんの調査だろう?


「丁度今日で終わるみたいだから、良かったら一緒に公都へ行ったらどうだ? 領政府から依頼を受ける冒険者なら、顔を繋いでおくに越した事はないだろう?」

「お心遣い感謝します」


『厄介払いかねぇ?』

 そうかもね。

 でも別にボクらが損する話しではないでしょ。


「さて、お待たせ。確かに受け取りました。今回はありがとう」

「とんでもない。お役に立てたようで、幸いです」


 検品が終わって、事務所へ戻り、依頼票に受領印を貰う。

 代わりに公都の領政府へ届ける書類と、その依頼票……ではなく領政府発行の割符(為替手形みたいなもの)を預かり、礼を告げてその場を後にした。



 フィオが宿泊手続きをしてくれていた宿へ到着。

 宿は余り使われていないらしい。

 お陰でこの村の中では比較的清潔なのはちょっと皮肉なものだ。


 入れ替わりでフィオは買い物へ出かけて行った。

 先日野営した時、馬車が暑かったので窓が欲しいらしい。

 買い物は普段、一緒に行くのだけれど、この村ではボクにも仕事があるので別行動だ。



 アランの馬具を外し、ご飯をあげて、ブラッシングとマッサージを行う。

 普段は宿の世話係に頼むのだけれど、この宿にはいなかった。

 定期的に自分でも世話した方が良いし、馬の世話自体、慣れると楽しい。


「あら。とても良い馬ね」


 そんな事を考えながら世話をしていると、別の宿泊客と思しき人に後ろから声をかけられた。


「ありがとうございます。自慢の子なんです」


 振り向いて答えると、何というか、美人のお姉さんが立っていた。

 黒髪とは珍しい。

 艶のある黒髪はキレイだなぁ。


「でもこの子、普通は購入出来ないでしょ?」

「……まあそうですが、縁がありまして」

「あぁ、ごめんなさい。そんなに警戒しないで、団長さんから紹介されたのよ。私はレベッカ・シューカー、冒険者よ」


 あぁ。さっき話にでた冒険者さんか。


 ゆっくりとこちらに近づき、差し出された右手を握り返す。

 あっ、この人背が高い。

 ボクより数cmだけれど大きい。


「触っても良い? この子のお名前は?」

「どうぞ。アランです」


 そう言いながら、すれ違う。

 すれ違い様、微かに手の甲と甲が接触する。

 うわ、なんか良い匂い。

 強い甘さの中に僅かに含まれる苦みが、ともすれば下品になりがちな甘い匂いを、上品な香りに仕立てている。


「こんにちは。アラン」


 そう言ってアランを優しく撫で始めるレベッカさんは、声も仕草もどことなく色っぽい……。

 えっ!? い、いや。落ち着けボク。まずは背中から目を逸らさなければ。

 そうそう、色々聞かないといけないんだ。


「えっと、こちらこそすみませんでした。同じ冒険者だったんですね。団長さんからお話は伺っています。クリスティーナ・サザーランドです」

「サザーランド? リーリエの?」

「あっ、はい。傍流ですが」


 彼女の背中を見ないように、必死に自制心を働かせていると、ふとアランと目が合う。

 ブラッシングをされているアランは、本当に気持ちよさそう。

 軍馬の血統だから、気性が荒いはずなのに、初めて触る相手を受け入れている。


「あぁ。貴女があの『百合姫』ね。私は『ビーストテイマー』って呼ばれているわ」

「えっと、ボクの事知っているのですか?」


『どんなビーストを調教しているんですかねぇ?』

 ……それは、聞きたくない。嫌な予感がする。


「あら。公都のギルドでは、それなりに目端が利く人なら『百合姫』の噂ぐらい知っているわよ」

「そ、そうなんですか?」


 ブラッシングが終わったのか道具をしまいながら彼女は続ける。


「えぇ。曰く、リーリエで最強の新人。曰く、公都での活動を希望している。曰く……」

「い、曰く?」


 レベッカさんは笑いながら振り向き、いつの間にか握られていたそれをボクに向けて、


「その心は男の子だ、と」


 はわわわわぁぁぁぁ。ちょちょちょちょちょーーー!!

 顎に触れる皮の感触にゾクゾク。

 右手に握られた馬上鞭が、ボクの顎をクイッと持ち上げ、続けて、舐めるように顎先へと這いずる。


「んふ。可愛い。本当に男の子なのね」

「な、なな、何するんですか!?」


 一瞬硬直した体だが、どうにか一歩下がりながら、質問する。

 かつてないほど、心臓の鼓動が激しい。


「いやーね。別にナニもしないわよ。ちょっと可愛かったから、からかってみただけよ」

「どどど、どういう事ですか??」

「んー。百合趣味の子って男の子っぽい恰好をする事が多いじゃない?」


 そんな事知りません!


「でも貴女は見た目も女の子らしくて可愛い上に、中身の男の子な反応も可愛くて。……私はバイだから、たまらなくって、ね」

「か、からかうのは勘弁して下さい」


 無理、無理、無理。完全にキャパオーバー。

 ハニートラップを体験してみたいとか、生意気な事を言って、本当にごめんなさい。


「うふふ。冗談よ。公都までよろしくね」


 そう言って再度すれ違い――今度は指の腹で手の甲をくすぐられた――レベッカさんは宿へ入っていった。


『あざといな。さすがテイマーあざとい』

 な、何だったのだろう。



「クリス。ただいま」

「わっ。びっくりした」

「どうしたの?」


 僅かな間、放心しているとフィオが帰ってきたらしい。

 後ろから声をかけられて、過剰にびっくりしてしまった。

 あれ? なんかいつもよりニコニコしてる?


「なんでもないよ。それで目的の物は買えたの? いつもより機嫌が良さそうだけど?」

「買えなかったわ。やっぱり物資が少ないのね。それから、別に機嫌は良くも、悪くもないわ」


 ……何やらご機嫌斜めらしい。

 何というか顔は笑っているが不機嫌な時の、姉様を思い出す。

 これは、触らぬ神に祟りなしという奴だ。


「そっか。残念だったね。買い物ありがとう。ボクはもう少しアランのマッサージがあるから、先に宿でゆっくり休んでいてね」


 なるべく動揺を隠して、逃亡を謀るも、


「うーん。でも私もアランの世話をする事があるかもしれないから、今日はここで見ているわ」


 ……まいった。完全に逃げ道塞がれたよ。


 ともかく、今夜は一杯おごってご機嫌とったほうが良さそうだよね。

『いやいや、女の子には甘いものだろ?』

 甘いものこの村にあるのかな?


 

 ……

 …………視線が気になり、集中できない。


「そうだ、フィオちょっとこっち来て」

「……何?」

「せっかくだから手伝ってよ。お願い」

「そういう事なら、仕方ないわね」


 背中に突き刺さるフィオの視線が怖かったので、マッサージを手伝って貰うという名目で前に来てもらう。


「ほら、この辺、付け根のあたり凝っているだろう? ボクは首回りするからそこをほぐしてあげて」

「こんな感じ?」


 えっと、ちょっとずれているな。

 フィオの手を取って、正しい場所へ誘導し、ほぐし方を教える。

 数分もすればコツがつかめたようで、アランも気持ち良さそうな表情をしてきた。


「そうそう。上手、上手」

「本当? 頑張るね」

「うん。アラン凄く気持ち良さそうだよ」


 20分ほどでアランのマッサージを終わらして宿に戻る。

 腕が疲れたので一緒に甘いものを食べる頃には、すっかりフィオの機嫌も良くなっていたようで一安心。



 女心はよくわからないし、大人の女性は更にわからない。そんな一日だった。





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