表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/57

閑話3

 まるで生き物のようだった。

 大きさを変えながら、ゆらゆらと、地面を舐め続ける。

 その生き物の名前は炎。


 足がすくみ、思考停止に陥っていた私は、どんな顔をしていたのだろう?

 駆けつけた同僚たちは私に何を言い、何を思い、何をしていたのだろう?


 その生き物が活動を止めた時、タイミングを計ったように太陽が顔を出し始めていたのは、その姿を私に見せる為だったのでは無いか?


 あの光景を、私は一生忘れないだろう。



 ――――――――――――――――


 『やらかした』だの、『ヤバイ、怒られる』だの。


 消火が終わって、私がふと思い浮かべた言葉は、今思い返してみれば、まるでジョークだ。それもセンスのかけらも感じられないジョーク。


 それでもその時は、その程度にしか考えていなかった。

 当然、その程度では済まない。


 私が焼いてしまったのは、試験場だったと聞いたのは翌日になってから。

 警備にとって、どこの畑が何を作っているか? そんな事は関係ない。

 そう思っていた、自分のバカさ加減が嫌になる。


 3ヵ月か、長ければ半年ぐらい、給料から少し返済金を支払う事になりそうだ、そう覚悟をしていた。

 だが、そんな予想は全くもって話にならないし、覚悟でもなんでもなかった。


 答えは私の10年分の給料よりも多い賠償額。

 現実味の無い金額に、笑いも出ない。


 不幸中の幸いは、私が働いていたのが規模の大きな農園だった事。

 おかげで、一括返済は求められない。

 けれども、

 『私は一所懸命に働いていた』

 『仕事をしていた。結果少し失敗しただけだ』

 『私になぜそんな返済をさせるのか!?』

 そんな不満をもった。


 失火罪で捕まっていないのは、被害届を出さない農園のお陰なのに。


 その優しさに感謝すべき時に、流石に口には出さなかったといえ、その恥じ知らずな思考は、思い返せば悶絶ものだ。


 だけれど、その時は不満しか出てこなかったのだ。

 誰だって10年間も、タダ働きなんて出来るわけが無い! と。


 10年経てば私は25歳だ。

 親に甘え、タダ飯ぐらいの居候に甘んじて、ようやく返済が終わる時には結婚適齢期はとうの昔に過ぎている。


 それなりの容姿はしていると自負しているが、そんな年で残っている物件なんて、禄でもないだろう。

 当然相手もそう思う。

 結果、軽んじられるわけだ。


 お互いに伴侶を軽んじる。

 そんな人生は耐えられない。


 ……でも、絶対にそうなるとは言えないし。

 もしかしたら、明日か、明後日か、1年後か、どこかのお金持ちに見初められて。


 そう夢想する事で心のバランスを取っていたと今ならわかる。

 時間がたって落ち着くまで、醜態をさらさずに済んだのだから、その妄想が無駄だったわけじゃないだろう。


 と言っても、当たり前だがすぐに気づく。ありえない、と。

 10年間実家で居候をしている人間に、そんな事が起きたら奇跡だ。


 それなら、返済に業を煮やした農園が、どこかの金持ちに売り飛ばす方がまだ現実的。

 奴隷や、人身売買なんて、この国では建国時から無いけれど、それぐらいの事は良くあるし。


 結局、私には選択肢が3つしかない。

 本当はもっとあるのかもしれないけれど、3つしか思いつかなかったのだから、3つしかない。


 奇跡を祈って後悔するか。

 もっと稼げる仕事を探すか。

 体を売るアルバイトをするか。


 奇跡は祈りたくない、

 でも、体も売りたくない。


 友達でそういった仕事をしている子は少なからずいたから、その仕事を否定するつもりはないし、その子達を否定したくもない。

 

 誰にだって事情はある。

 不可抗力の事もあれば、私のように自業自得な事も。


 だけど、私に他の方法がある以上、生娘のままその仕事を選ぶ事は、どうしてもしたくない。


 結局は消去方で、もっと稼げる仕事――つまり冒険者をする事にした。


 もちろん、冒険者だって貞操の危機がたくさんあるのは知っている。

 古来、女兵士の主目的はアレ。

 けれども、実力があればそういった事態にはならないはず。

 ……最悪な事態になっても、不特定多数の相手をするよりはマシだろう。


 大丈夫、私は魔法適正もかなり高いから、それなりに戦えるはずだ。


 ――――――――――――――――



 そういった経緯で冒険者登録をしたは良いが、結局はすぐに行き詰った。

 今ならなんとなく理由もわかる。

 力も、覚悟も、情熱すら無いのだからうまく行く訳がない。


 具体的に困ったのはパーティーだ。


 一人で出来る仕事なんて、結局収入は前と余り変わらない。

 私と組もうなんて人は、新人か、アレ目当ての新人に毛が生えた程度の冒険者がせいぜい。

 新人じゃ収入は増えないし、毛が生えた程度じゃプライドを捨てる対価に見合わない。


 せめて私に全属性の適性があれば、中堅パーティーくらいなら誘ってもらえるのに……。

 100人に1人と言われている才能を、本気で切望したのはこの時が初めてだった。


 不貞腐れたくなりながら、なんとか糊口をしのいでいた、そんなある日。

 ある噂を聞いた。


 全属性適正を持っていた同級生のクリスが、冒険者を志望しているという噂。


 中学の騎士科で模擬戦無敗。

 既に正騎士並の力を持ち、回復魔法まで使えるという大物新人。

 更には美人の女性ときたもんだ。


 当然だが、どこのパーティーもスカウトしたがっていた。

 だからこそ、場末の冒険者の私もその噂を聞けた。


 これだ! そう思った。

 自分の能力が彼女のメンバーとしてふさわしいと思えるほど、自分の事を過大評価はしていないけれど、それ以上になりふりを構っていられる程、私に余裕は無い。



 久々に出会ったクリスを、一目見た印象は美人。

 前日に聞いた噂によれば、百合趣味の癖に、だ。


 名家に生まれ、容姿に優れ、才能に恵まれ、苦労知らず。

 そのくせ、向上心があり、能力も高い。

 なんだろう、この完璧超人は?


 ただ……お人好しなのよねぇ。

 彼女とカフェで話しながらそんな事を考えていた。


 ふつう、これだけ恵まれている人間を見れば、私は嫉妬する。悪感情を抱く。

 でも優しいを通り越して、お人好しというか、悪く言えば甘ちゃんというか、そういう欠点も少しはあるから憎めない。


 はっきり言って、お人好しなところにつけこもうとしていた私としては、願ったり叶ったりなんだけど、こうまであっさりと願い通りになると、訳も無く不安になる。


 まあ何だかんだ言っても、彼女とパーティーを組めて助かったと思ったのも事実だ。


 ――――――――――――――――



 一緒に行動をするようになって、彼女の事が色々と見えてきた。


 優柔不断な一面がある。デリカシーのない一面がある。迂闊な一面がある。

 ……どこが完璧超人なんだか。

 同年代の女の子達に比べて、未熟にしか思えない普通の男の子達と何も変わらない。


 でも、克己心があるのに、独りよがりじゃない。

 優しいくせに、戦う時は別人のように強く、的確で、迷いが無い。


 そして、彼女は大きな悩みを抱えている。


 きっと誰にも理解出来ない内容だろう。

 苦しく、つらく、悲しい、悩みだろう。


 それでも彼女が、あんなにも影が無く良い子なのは、理解者でありたいと、彼女と親しい皆が思っているからだろう。

 もちろん、私だって思っている。


 強くてカッコいい、弱くて可愛い。

 相反するものを併せ持ち、悩みを抱える。

 私と同じ、ただの人。


 どこにでもいる男の子。



 ――――――――――――――――


 彼と組んで半年近くなる。

 私たちは数日後にこの街を出て、公都へ行く。


 賠償金はすでに半分くらい返済出来た。

 農園の経営陣からも、許可は貰っている。


 彼はすっかり『百合姫』の二つ名で呼ばれ、Aランクに昇格した。

 おまけで私個人もBランクになった。

 滅多に行かないけど、酒場などで飲む時、口の悪い連中には『ファームクラッシャー』の二つ名で呼ばれている。いや、ただの悪口だろうけど。


 だけど、その呼び名、その気さくな態度は、私が冒険者として、ある程度認められた証だろうとも同時に思う。

 彼とパーティーを解消して、この街に残っても、2年も頑張れば借金も返せるのだろうとも。


 それでも、私は彼についていく。


 別に、恋とかじゃない。


 そりゃあ、彼が体も男の子だったのならば、全力で恋をしただろう。

 高収入、優しく、まじめで、実家は名家のお金持ち。

 お兄さんを見るに、絶対に顔もイケメン。


 もちろん男の子だったら、一緒に冒険者なんかせずに、私とは縁のない世界で生きている事はわかってる。

 だから、彼が女の子で良かった。


 話がずれた。


 なぜ彼についていくか?


 私の予想じゃ、きっと彼はこの街を出た後はたくさんの嫌な目に遭う。

 彼の実家や親族の威光なんて、この街を出れば、ほとんど無いのだ。


 偏見を持たれ、差別される。

 それを口に出さない理由が、この街以外は無い。


 もちろん彼は乗り越える。その力と、その覚悟と、その情熱で。


 でも乗り越えられる事と、傷つく事は別の話だ。


 彼が偏見に晒されるのならば、私は一緒に憤りたい。


 彼が差別を受けるのならば、私は一緒に抗いたい。


 彼が傷ついたのならば、私は彼を守りたい。


 だって彼は、相棒で、恩人で、大切な友人なのだから。


 ――――――――――――――――



 今日は珍しく、彼と一緒の酒場に来ている。

 街を離れるにあたって、最後の決起会という奴だ。


 『本当について来てくれるのか?』なんて、もう一度確認されたけど、『ついて行きたい』と私の気持ちを伝えると、彼は心なしか嬉しそうだった。


 彼は街を出るにあたって、馬を購入した。

 私も、全身脱毛をした。


 私は月からの使者との付き合いは、結構長いし安定もしている。

 それでも残念ながら成人していない以上、簡易的なものだけれど。


 彼は体質的に、髪の毛以外余り毛が生えないらしい。

 そんな所まで、美人補正をしなくても良いでしょうに。



 ――二人とも相当酔っぱらってしまった。

 酒場では酔いたくなかったので、彼の家で二次会をしていたら、タガが外れて相当飲んでしまったらしい。


 だから、彼に話してしまったのだろう。

 あの夜の忘れたい記憶を。

 あの朝の忌まわしい光景を。


 途中から、わめいていたか、泣いていたか、定かではないのだけれど、そんな私の懺悔を、彼は黙って……いや違う、要所に相づちを入れて聞いてくれた。


「仕方ないと思うけどな」


 わめいていたか、泣いていたか、

 ともかく、タチの悪かったであろう私に、そう彼は言ったのだ。


「野次馬ってな、普通は一定の人数から余り増えないものだ」

「どういう意味よぉー?」

「そのままの意味。でも際限なく増える例外がある」

「何よしょれ」


 いけない。呂律が回っていない気がする。


「火事の場合が例外。普通の野次馬は立ち去る人と、新たに来る人である程度の人数から増えない。だけれど、火事は例外」

「にゃんでよ?」


 あぁ。完全にダメだ。


「人間は、原初の本能で火を恐れるんだよ。だから火災現場で火を見ると立ち止まってしまう。結果再現なく野次馬が増える」

「う…ん」

「だから火災を見て、足が竦むのは、まあ仕方ない事なんだよ」


 つまり?


「ちゅまり?」

「余り自分を責めるな。あれ生き物みたいだから見てしまうだろう? 教訓は生かすべきだと思うが、仕方のない事だから」


 あぁ、やっぱりあれを見てしまう事は、生き物みたいという感想は、当たり前の事なのね。

 ……でも、


「にゃんでそんな事知ってるにょ?」

「……騎士科で習うんだよ。防災についてな」

「しょっか……」


 ちょっと気持ちが楽になった。

 自分が後悔している事を、自己嫌悪に陥いったあのトラウマを。

 彼が理解し、仕方ないと肯定してくれたから……。


「クリシュは優しいねぇー」

「……はん。そんな事ないさ」


 ――駄目だ。泣きそう。

ていうか、眠すぎる……。


 ――――――――――――――――



「全く。二人そろって気持ちよく酔いやがって」


 気持ちよさそうに寝始めたフィオを、ベッドに転がして布団をかけてやる。


「しかし、泥酔すると、高確率で同じ話をして、最後には泣きやがる……」


 よっぽどトラウマなのだろうが、絡まれるこちらの身にもなって欲しい。

 本当にガキは面倒だ。

 

 ――けれども、こいつらが『諦め』を覚え、『折り合い』をつけた人生なんて、今はまだ見たくない。


 そう思ってしまう、俺も大概ガキだろうけど。


 ……話しに付き合い過ぎたせいか、思考がフィオみたいになっている気がする。


 頭がクラクラしてきた。ともかく俺も限界だ。

 寝ちまおう。って、クソ。


 今日はソファーで寝るしかないか。




 いつも拙作にお付き合い頂き、ありがとうございます。

 以上で2章終了です。


3章は9月19日開始予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ