閑話2
ティーナ視点
時系列的に前半は2章開始直後のある日。後半は一話前でクリス君が気を失った直後です。
「じゃあティーナ、試合の日の晩御飯は、このパインサラダを作るのね」
「えぇ、そして出発前に今日の献立はパインサラダである事をお父様へお伝え下さい」
「ふふ。なんの意味があるのよ」
「前世の勝利のおまじないです」
「相手に仕込むのなら呪いの類じゃない。まぁ良いわ。わかった」
「ありがとうございます。では部屋に戻ります」
さて細工は流々、後は仕上げを御覧じろってね。
……ちょっとまてよ。
自分にも負けフラグ仕込んでないか?
いや、気にしたらそれこそ負けだ。
「クリス」
――しかし肩と乳と腹が痛い。
嫌なタイミングで交代しちまった。
当日にコレが来ない分、良かったが。
「おい、クリス!」
なんだ? あっ、今クリスは魔力切れで、意識が無かった。
振り返ると180cm程の金髪のイケメンがいた。
アンジェリーナさん似のこいつは……
「なんだ、モブじゃないか」
「俺の名前がモブみたいじゃね!? 誰がモブキャラだ! 貴様ティーナだな」
「正解!」
ドヤ顔をして答えてやる。
「妹の顔で、そんなブサイクな顔をするのを本当にやめてくれ。ついでに今すぐ成仏してくれ」
「だが断る。で、どうしたんだよ。ジャスティン?」
こいつシスコン気味なんだよなぁ……。
いや、前世じゃ兄×妹はいける口だったよ?
俺は妹がいなかったから。
「試合が決まったらしいからな。クリスを応援しようと思ってな」
でもさ、俺とクリスは男なんだよ。
例えば『兄に躾けられた男の娘』なんてタイトルの薄○本は、絶対に見ないじゃない?
そんな腐った沼は、大概の男には理解出来ないのよ。
「まあ良い。それでティーナ、勝ち目はあるのか?」
いやいや、もちろんね。
それを好きな人が、愛でる分には良いのよ?
でも俺×○○はちょっとね。
『いつも貴女で見○きしてます』って握手会で言われた某アイドルが、
『抜○てもいいから報告しないで!』って言った気持ちが今なら良くわかるよ。
「ティーナ、どうなのだ?」
あっ、やべぇ。
「もちろん。お父様に、俺の事を秘密にしておいて頂ければ、大きなアドバンテージになりますよ」
「まぁ、確かにあれはな……」
いかん、いかん。
普段自分が主導権握ってないから、クリスの反応を待ってしまう癖がついているな。
「そういう事。なんとかなると信じたい」
「そうだな……。しかし本当にクリスの望みなのか? 確かに貴様はどう見ても男だが、クリスは違うぞ? 貴様が騙しているのではないか?」
失礼な。だがそう見えるのか。
同じ性同一性障害でもタイプが違うからな。
50種類以上に分かれるんだっけ?
「ジャスティン。前世では『兄より優れた妹など存在しない』という格言があってだな、クリスは兄より優れている……つまりは弟なんだよ」
「いや力はそうだが……」
「力こそが正義! 良い時代になったものだ」
多少改造した格言だが、ジャスティンにはバレないな。
「はぁ」
ため息をつくと幸せが逃げるよ。
「――まあ良い。クリスはしばらく目覚めないのか?」
「多分だが、後3時間ぐらいは起きないと思うぜ」
「そうか、せっかくだから酒でも飲まないか?」
「わかった。ちょっと着替えてから部屋行くよ」
「了解、用意しておく」
……いや今ね、ちょっと大量にきたからね。
夜用に変えたいのよ。
これだけは永遠に慣れそうにない。
――――――――――――――――
「クリス。クリス」
『……駄目だ。魔力切れる。ゴメンティーナ。後はお…ね……。』
このタイミングで……。
参ったな、完全に寝てしまった。
「どうしたクリス。突然自分の名前を呼んで」
「いえ。なんでもありません。ケガの具合は?」
「まだちょっと痛いが、もう大丈夫さ」
「ならもう少し、ヒール」
それにしても、時間は短いが激戦だった。
俺もあちこちが痛い。特に足。
練兵場の芝生もボロボロだ。
「まあなんだ、強くなった。完敗だ」
「試合は勝たせてもらいましたが、実戦ならこちらの負けか、相打ちでしょう?」
本当はまだ戦えただろうよ、お父様。
「練兵場でヨーイドンならそうかもしれないが、普通にやればお前の勝ちさ。見事に騙されたよ。まさか自動魔法は初級しか使えないように見せかけていたなんてな」
「……その話は後で。今は帰りましょう」
「そうだな。ただし、すんなり帰れるかはわからないがな」
「はっ?」
その後、街長にメチャクチャ怒られた。
お父様は練兵場をボロボロにした件で、俺は観客席の近くで上級魔法を使った件で。
幸いケガ人は出なかった。
観客席に何人も騎士や魔導士を配備していたらしく、とっさにガードしてくれていたらしい。
めでたし、めでたし。
――――――――――――――――
どうやら『めでたし、めでたし』ではなかったようだ。
家に帰ってきたら説教第2ラウンドが待っていた。
お母様だ。
なぜ俺のターンで怒られるのだろう。
げせぬ。
と言うとでも思ったか! バカめ!
美人の説教は、むしろご褒美だ!
そんな事を考えていると、気付かれた。
「貴方。今ティーナでしょ、クリスは?」
「な、な、なんの事ですかお母さま」
お父様の顔に疑問符が浮かんでいる。
「動揺しすぎよ。もう話しても良いでしょう?」
「なんだ? なんの事だ?」
「ほら、お父様に挨拶なさいティーナ」
まじかい。
だがこの流れは仕方がないか……。
本当は、クリスから打ち明けさせたかったんだがなぁ。
「お初にご挨拶申し上げますお父様。私はクリスの前世の人格です。今はティーナと呼ばれております。どうぞ以後お見知りおきを」
「固すぎよ。ジャック、彼はティーナよ。私たちのもう一人の子供よ」
「おう。おおう? おぉ。よろ、しく?」
動物か。挙動不審すぎるぞ。
嫁さんを見習いたまえ。
「何やらよくわからんが、二重人格って奴か?」
「その通りです、お父様」
「そうか……。アンジーは知っていたのか」
確かにショックだよね、お父様。
「あのお父様。一応弁解しておきますが、クリスは何度もお父様に打ち明けようとしていました。ですが今日勝つ為に私が止めておりました。申し訳ありませんでした」
「……そうか。そうだな、それが正しい」
いや、本当にごめんなさい。
「いつからなんだ?」
「13歳の時からです」
再び沈黙。
気まずいな、話題を変えよう。
「そういえば自動魔法とは何でしょうか?」
「どういう事だ? あれは、ただの無詠唱の速射だったのか?」
「たぶんおっしゃられているのは、私が放っていた魔法です」
あれ? 判らないか?
納得した様子がない。
「私ティーナと、クリスは別々に魔法を放てるのです」
「しかし二重人格とはそういうものでは無いだろう?」
確かにそうだとは思うけどね。
「私たちの場合はどうにも特殊なようでして、それで自動魔法とはどういうものなのですか?」
「ふぅむ。すぐに理解を出来そうにないな。二重人格の件はまた話しをしよう」
「そうですね」
「自動魔法は無詠唱の発展形だ。簡単に言えば一つの魔法を何度も使っていると、慣れてくる。すると魔力操作が早くなるし、余り意識せずとも出来るようになるだろう?」
確かに。
「それを極めると別の魔法を構築しながら、極めた魔法も同時に構築できるという事だ」
「右手で書き物をしながら、無意識に左手で飲み物を飲むようなものですね……」
「そんなところだ」
うん。良い流れ。
「もう。貴方たちは、戦いの事以外に話す事はないの」
腰に手をあて、ほほを膨らます45歳、既婚。
……相変わらず、お美しい。
「しかしな、アンジー。ちょっと唐突に別人格だと言われても話題が難しいのだ」
「そうですよ、お母様。予定外の挨拶ですから」
「二人して似たような良い訳をして……。親子で似ている、という事かしらね」
3人で同時に笑う。
あえて知っている事を聞く俺。
俺の思惑を理解した上で、乗ってくるお父様。
そこへお母様が茶化して笑う。
好意的に受け入れて貰えそうで良かった。




