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8.

 結局、トシキと仲直りできたのかどうなのかはヘティ本人すら分からないまま、日にちだけが過ぎていった。

 いつも通り会話を交わす自分とトシキを、周囲の奴隷たちは奇異な目で見ながら、しかしそのままどうすることもなく他所からちらちらと様子を窺うだけ。イリはもうそういうものなのだろうとある意味割り切っているようであったが、ユフィとネルはどちらも当惑を隠せない様子であった。

 ミーナはというと、自分の力が及ばなかったことに申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ヘティのことを気遣っていた。


「ヘティ、その」


「ああ、大丈夫よミーナ。心配しないで」


「……。はい、ヘティ。でも私で良かったら何でも力になりますから」


「うふふ、ありがとう」


 ミーナがこれほど自分を気にかけてくれる理由は、恐らくは自分が助かったせいでヘティの権利書が売られてしまった、ということに対する申し訳なさであろう。自分だけのうのうと何の不安もなく生活していられるというのを、彼女はかえって辛く思っている節があった。


「でも、あの人、絶対に勝つっていう確信があるみたいなの。全てを見破る真実の目がある自分には、必勝の策があるって」


「……」


 ミーナの表情が『それはあの主様がよくする虚勢です、本当は確信がないに違いないです』と言わんばかりの影をたたえ、しかし口にすることを憚るように口元を結ぶ形に変化した。代わりに、しばらく目を伏せてから「そうですか」と苦しく同意の言葉を述べていた。


「大丈夫よ。私、信じているもの」


「ヘティは、その、強い人ですね」


「違うわ」


 比べたことは今までないが、強いか弱いで言えばむしろヘティは弱い人間だろう。ヘティは今まで自分のことを強いと思った(ためし)はない。それは、自発的に物事を決断して前に進むことのできる人間に向けられるべき言葉であって、流されるしかできない自分には似付かわしくない言葉であった。


「元よりアルレッキーノへの仇討ちを失敗して、その時点で死んでいたはずの命。もし彼が負けたら死ぬだけよ」


「え……」


「冷静になってよく考えたら、最初からそれだけの話だったの。取り乱すなんて馬鹿みたいね、欲張りすぎたわ」


「……それで良いんですか、ヘティ」


「うふふ」


 愕然としたミーナがこぼす言葉は、ヘティの予想以上にこちらのことを気遣う優しいものであって、ヘティはこのときミーナがとてもいい娘であることを理解した。いつもふざけているように見える彼女は、実は一番周りを見ている良い人だったらしい。

 であるならば取り繕ったうわべの答えを言うんじゃなくて正直に返事をするべきだろう、と一瞬だけ、ヘティはそんなことを思った。


「良い訳ないじゃない」


 私たち奴隷はそんなことを言える立場じゃないけど、と笑いながら付け足すことも忘れなかった。











「こちらが、アルレッキーノと戦うテキサス・ホールデム・ポーカーです」


 トシキはそう言うなり机の中央にトランプを裏向きに五枚並べて、各人に二枚ずつ手札として配布した。

 二枚を受け取りながら、残り三枚はどうするのだろうかと考える。普通ポーカーとは五枚のトランプで手役を作るゲームではないのか、とヘティは思ったが、「いや、むしろ本来ポーカーはドローポーカーじゃなくてこっちの方を指すことが多い」とトシキは軽く答えた。


「本来はコミュニティ(共通)カードの五枚は、順番に山札から配られるのですが、説明の簡便のため場に並べさせてもらいましょう」


「……ふむ、二枚だけではせいぜいワンペアまでしか役が作れんのう。恐らくはその中央の五枚をどうにかするんじゃろうが、違うかの?」


「正解です、アリオシュ翁。各プレイヤーは三枚、一枚、一枚と徐々にオープンされていく中央の五枚と、自分の手札の二枚の、合計七枚で役を作ります。その際もっとも役が強くなるように七枚中五枚を選んでください」


 トシキがそのまま、「今回は例として場の五枚が4c 7c 9d Ah Jcだった時を仮定しましょう」(h:ハート、d:ダイヤ、c:クローバー、s:スペード)と話を進めた。



「まず、皆さんポーカーの役の強さは知ってますか?」


「知ってるよ。確か下から順に、ハイカード(ブタ)、ワンペア、ツーペア、スリー(スリーカード)・オブ・ア・カインド(/トリップス/セット)でしょ? そしてややこしいのが、ストレート、フラッシュ、フルハウス、フォー・オブ・(フォーカード)ア・カインド(/クアッズ)の順番。そこから、滅多に出ないけどストレートフラッシュ、ロイヤルストレートフラッシュ、だったよね」


「正解です、ベリェッサ令嬢」


 どうやらストレートの方がフラッシュよりも弱いらしい。連番五枚を作るほうが、同じマーク五枚より難しいのでは、とヘティは思ったが、「どんなバラバラなマークでもいいから、五枚連番にするのは案外楽なんだぜ」とトシキは答えた。

 事実、今場にある五枚『4c 7c 9d Ah Jc』の場合、79Jと揃っているから、8か(10)を一枚持っていればストレート一歩手前になる。


「ただテキサスホールデムにおいて、役の強さで直接競い合うことはありません」


「そうなの?」


「はい、殆どの勝負は手札公開(ショーダウン)まで行かず、駆け引きで終わります」


 場の五枚に手をかけながらトシキはそう答えた。

 駆け引きのチャンスは四回あるという。五枚が伏せられたままのノーヒント状態(プリフロップ)三枚(フロップ)がオープンされた時、四枚目(ターン)がオープンされた時、五枚目(リバー)がオープンされた時、の計四回だ。


「へー、じゃあとりあえず様子見で三枚公開(フロップ)されるまでは場に残るのが賢いのかな? 情報量とコストパフォーマンス的に」


ルースアグレッシブ(攻撃的)な人はそういう戦い方をしますね。……実はベリェッサ令嬢のように考える人は結構いますけど、実際は三枚公開(フロップ)される前に降りるパターンの方がやや多いです」


「えー? 何で? お金でも発生するのかい?」


「まさにその通りです」


 トシキはここで、アクションのことを説明した。

 チップを増加させるレイズ、現在のチップに乗るコール、様子を見るチェック、勝負から降りるフォールド、の四つだ。

 テキサスホールデムでは、ゲームの進行を促すために強制的にチップを決まった量だけ賭けさせられる役、ブラインドが存在する。ブラインドはSB(スモールブラインド)BB(ビッグブラインド)の二名が存在し、BBはSBの二倍賭ける。

 便宜上、ここではSB:5チップ、BB:10チップと仮定しておく。


 さて、アクションはBBの次の人間(UTG)から時計回りに行われるわけだが、ここで既に賭け金が発生している。

 今現在の賭け金は10チップ、ゲームに乗るためには最低10チップを賭けないといけない。

 もしUTG(最初)の人、もしくは次以降の人が「この手札は勝てないな」と思ったらいきなり降りても構わないのだ。損失ゼロで次のゲームに進めるのだから。


「ふーん、つまり今の場の最高賭け額10チップと同じだけ払わないとゲームに乗れないわけか。でもそれじゃあSBも後で5チップ払わないといけないんじゃ?」


「そういうことです。参加者全員が同じ額を賭けないと次に進めません。そして後でスモールブラインドもビッグブラインドもゲームに乗るか降りるかアクションします。勿論スモールブラインドもゲームに乗るならば足りない5チップを払わないといけません」


 要は賭け金が揃うまでは時計回りにアクションを続けるらしい。

 誰かと誰かがレイズをし続ければアクションは終わらないということだろう。


「じゃあ、チェックてぇのは何だ? ずっと様子見するのが一番賢いんじゃねえのか?」


 森熊、と呼ばれている獣人の大男が頭を掻きながら質問した。


「ああ、チェックというのは、自分が場の賭け額と同じチップを賭けている場合にのみ出来る様子見です、森熊さん。もし自分が場の賭け額より少ない額ならば、チェックは出来ず、最低でも同額賭けるか降りるかしかありません」


「……とするとあれか? 二回目(フロップ)以降の駆け引きは全員チェックで次に流れるってこともあるのか?」


「はい。普通に発生します」


 トシキ曰く、「とりあえずこの手は勝負は出来るけど勝てる自信はそこまでないな」という時はチェックをして皆の出方を見るのが得策だという。


「要点は、『全員の賭け額が揃うまで乗るか増やすか降りるかの駆け引きをする』、『降りなかった人全員の賭け額が揃ったら三枚、一枚、一枚と徐々に場の五枚を開く』、『もう一度駆け引きをする』、『場の五枚を開く』の繰り返しです」


「ふむ、それでめくるカードがなくなってアクションも終わったら、勝負かの?」


「はい、ショーダウンです」


 トシキがテーブルに広げた手には「Ac Qc」の二枚があった。場の4c 7c Jcと合わせてクローバーのフラッシュがそこに並んでいた。

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