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9.

「さて、それじゃあ基本戦略の説明となりますが――」


「待ちな、二つほど確認しなきゃいけねえことがあるんじゃねえか?」


 続いてこの場に集まった皆と戦略の共有を図ろうとしたトシキを呼び止めたのは、難しそうな表情を浮かべている森熊だ。その大きな瞳で周囲を見回して、「なあ、マハディの姐御?」と唸るような声で確認を取る。


「……お好きにしなんし」


 マハディはというと、この集まりに参加してから終始無言で、まるで能面のような無機質な笑みを浮かべたままそこに鎮座しているだけだった。娘のプーランが気を使って「あ、その、分かりますか母上?」などと話しかけるが、全く取り合わないほどである。

 流石に森熊が話しかけると、ようやく無視するわけにもいかないと口を開いたのだが、それにしても言葉が投げ遣りである。まさに言葉通り、勝手になさい、といわんばかりの様子であった。


「お好きにって言われてもよ……。姐御、トシキと手え組むんだろ? そんないびせい(怖い)雰囲気出してトシキにアヤ(因縁)付けるんじゃいけねえ。ここいらで手打ちにしてっかい」


「あれあれ、わちきの見ん内に太く(立派に)なりんしたもんねぇ、おんし」


「からかうんじゃねえよ、姐御。――アリオシュの御父貴(おじき)からも頼む」


「よしなんし、頼まいでも良うござんす。わっちも過ぎた話にそねぇにぐずぐず申しんせん。詮無いことでありんす。――よろしゅうおざんす、トシキ様や?」


 言うなり途端に柔らかい笑みを浮かべて相好を崩すマハディであったが、トシキは「感謝申し上げます、命に代えても勝ちます」と硬いまま深々と頭を下げている。それで正解だとヘティは思った。何故ならばヘティの見る限りこのマハディは本当はまだ怒っているのだ、それも深く。


「わっちもようよう分かっておりんす。あの男がどうせ、ヘティちゃんを売るか誰かを殺すか、なんて無茶を求めおったんでしょ?」


「……はい」


「なら、この辺で手打ちにしんす。……ね? 仲直りしてくれやんせ?」


 どこからどう見ても柔らかく人懐こい振る舞いに、――いや、だからこそトシキは深々と頭を下げたまま微動だにしなかった。やがて「はあ」とマハディが吐いてから、ようやく彼は顔を上げて「必ずや」と強調した。


「邪魔して悪いが、まだもう一つ話がある。この件については、これで手打ちってことでいいな?」


「はい」


「どうぞ、続けなんし」


 そんな二人のやり取りを切り上げたのは、まだ続きの話がありそうな様子を臭わせていた森熊だった。


「ああ。……もう一つっていうのはヘティのことだ」


「ヘティですか?」


「おうとも。……ここから先の話にヘティを入れちゃいけねえ。もうこいつはアルレッキーノに所有権が移っちまった。てえなると、本人の意志に関係なく、アルレッキーノの密偵としていずれ情報を流す可能性もあるわけだ。違うか?」


 もっともな問いかけに、トシキは苦い顔をして頷いていた。どうやらトシキも同じようなことを懸念していたらしく「アルレッキーノとの取り決めでは、ヘティに危害を加えたりする行為は禁じられていますが、ヘティに密偵まがいの行為を命じることは禁止されていません」とだけ答えていた。


「……外に出るわ」


 求められていることならば仕方がない。それに自分も作戦をアルレッキーノに横流しするのは本望ではない。そう考えたヘティは、アリオシュ翁たちから離れようとした。


「ヘティ」


「じゃあね」


「……すまない」


「謝らなくてもいいわ」


 部屋を後にする際、ヘティはちらりと中にいる者たちを見た。森熊がいて、ベリェッサ令嬢がいて、アリオシュ翁がいて、プアラニ母娘がいて、そしてトシキがいる。

 申し訳無さそうにしているトシキを見るのは余り好きではない。ヘティはこっそりトシキに聞こえるかどうかという程度の声で「頑張って」とだけ呟いた。別に聞こえなくても良いけれど、という程度の気持ち。


 トシキが頷いた気がした。それだけを確認して、ヘティは満足して立ち去った。











 アルレッキーノの所有するカジノに足を踏み入れるのは一種の自殺行為だ。そこにはアルレッキーノの子飼いのものがざっと一〇〇人はいる。

 アルレッキーノ程の男であれば一〇〇人というのは少ない人数なのかもしれない。事実アルレッキーノが動かせる人間の数は一〇〇を優に超えていた。数千は動かせるだろう。だが、アルレッキーノは別段数にこだわりはないらしく、一〇〇程度で満足している。

 では何が自殺行為なのかと言うと、一〇〇人もの危険人物がそこに集まっているという意味である。


 アルレッキーノは殊更本物を望んだ。質を望んだ。その結果、オアシス街でも飛びきり危険な人物一〇〇名余りがここに集まっているのであった。


「そんな一〇〇人がお子様のようにしか見えない――そういう飛び切りの奴らを連れてきたぜ、アルレッキーノ」


「は、虎の威を借りて威勢だけはいいみたいだが、こうとも言い替えれるな? 金魚の糞と」


 カジノに通されるなり、張りのある大声と共にトシキは登場し、奥にある王座でくつろいでいたアルレッキーノを失笑させた。

 周囲の者たちが同じように冷めた反応を返しているのが分かる。ガキが息巻いて無謀なことをし始めたものだ、という具合にどことなく下らないものを見るかのような目付きをしている。きっと自分も同じ表情なのだろう、とアルレッキーノは思った。


「俺はお子様だって言ってるんだよアレッキ坊や。何の威を借りて何してる金魚の糞かは知らないが、そいつは坊やのことだろ?」


「は、笑わせるじゃあないか。――いいか小僧、口だけでかくなってもお前が大きくなっているわけじゃあない。背伸びしにここに来たんなら帰りな。そういうのはママに見せるんだ」


マンモーニ(お母さんっ子)はお前だろ? ママが欲しいからってうちのヘティに手を付けるとはたまげたぜ。良いか、だだのこねかたぐらい教えてやるからたくさんママを買い漁っていい子いい子してもらいな」


 ただし――言葉が少々過ぎている。


「だだのこねかた? そりゃいい、さぞお得意だろうな、お前は毎日奴隷たちとやってるからな」


「こっちも知ってるぜ。そんな女もいないお前は、毎日むさい男どもに慰められてるってな。傑作だ、大人になるのを忘れた次は男になるのを忘れたらしい」


「はん、じゃあお次はお前にイチモツがついてることを忘れさせてやろう。男に慰められたいと、きっての頼みだからな」


「それこそさぞお得意だろうなアレッキ坊や。お前が毎日してることだもの。――それとも俺の味を覚えて帰るか?」


「は、――お前には神様のケツにキスをする方法を教えてやる。天国で拝んでくるといい」


 お互いに楽しむような小気味の良さで、しかしお互いに虫唾の走る相手を目の当たりにするような表情で、二人は会話を交わす。

 周囲の者たちも、いけ好かないガキにどう痛い目を見せてやるかというような表情へと徐々に変わっていた。


「いいか、アレッキ坊や。俺は(・・)人の物に手を出すように育てられちゃいないんだ。――神様のケツは人の物だぜ。知ってるか? そこにはアルレッキーノって名前が書いてあるらしい。確かめてこいよ」


「教えてやる。お前は威を借りてるだけだ。何から何まで(・・・・・・)借りているだけだ。人の物に手を出さない? は、笑わせる。人の全てを奪っているんだ、お前は。マレビトめ」


 お互いに相容れない者として、言葉に少しばかりの皮肉を込めあう。

 やはりこの男は不愉快だ、とアルレッキーノは再認識せざるを得なかった。きっとガキの見た目をした軟弱者でしかない、着ぐるみの男なのだ、と直感がトシキの正体を教えてくれる。それはアルレッキーノの最も嫌いな類の人種である。


「じゃあ何の威を借りてるのか教えてやるよ」と開き直り、ゆっくりとこちらに向かって歩んでくる。後ろには、確かに豪華な面々が揃っていた。

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