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6.5

「そういえば、お人形だったか」


「……どうかしたかしら」


「いや、気になっていたんだ。おかしな話だってさ」


「……」


「俺は、ヘティのことを人形だなんてこれっぽっちも思ってはいない。人形だなんて考えたことはないし、お前が感情に乏しいとも思わない。俺からするとお前は、不器用なだけだよ」


「……」


「正直、お人形さんだなんて思いもしなかった。賢くて、会話も奥ゆかしくて、人への気配りだって忘れない。お前のこと、一体誰がどうしてお人形さんだなんて思うんだ。全く、思わなかったさ。心のどこかにそんな劣等感があるだなんて思っていなかったし、むしろ皆から一歩引いて、皆を見守っている大人なんだって思っていたとも」


「……」


「本音を言うと、実はヘティが何を考えているのか、今でも分からないんだ。俺さ、お前の過去とか詳しく知らないからさ、お前が今どんな風に考えていて、何をしたいのかも、実はよく分かっていない」


「……そう」


「分かっていないけど、人形だとは思わない。ヘティはヘティだ」


「……」






「なあ、ヘティ。アルレッキーノを許せない理由は何なんだ? お前がかつてアントニに尋ねていた譲れないものって、お前にとっては何だったんだ?」


「……許せない、理由」


「ああ」


「……」


「頼む」




「……父が」


「父が、どうなった」


「父が、嵌められたの」


「父親が、アルレッキーノに嵌められたのか?」


「もう二度と、父に愛されることはないって、思ったの」


「……ああ」


「いつか、他の兄弟姉妹と同じように愛されるって思っていたの。でも、それがもう二度とやってこないって、そう思ったの」


「……」




「父も、母も、私のことを気味が悪いって思っていて。私も、父のことも母のことも理解できなくて。お互いに考えていることが分からないままだったわ」


「……」


「他の兄弟姉妹は、傍から見ても愛されていたわ。……でも私は、傍から見ても愛されていなかったの。お人形みたいって、遠ざけられていただけだったの。遠くから皆を、じっと見守っているだけ」


「……」


「でも、時々嬉しかったの。父も母も、兄弟姉妹たちも、皆楽しそうに笑っていて、そんな様子を見ていると、それだけで嬉しかったの」


「……」


「お人形さんって言われても、ピンと来なかったわ。それでいいかもって思っていたもの。寂しかったけど、それでよかったわ」


「……」


「でも、父は嵌められたの。濡れ衣を着せられて投獄。加えて多額の賠償金を払う羽目になって、家族は困窮したの。……もう、分かるでしょ」


「……ああ。ヘティは家族のために、身売りしたんだな」


分からないわ(・・・・・・)。今思うと、家族のために身売りしたのかどうかも分からないの。どうしてなのかしら」


「……。ヘティ」


「私のために笑ってくれる人のため……いいえ、言い方が悪いわね。私のためではないけれど、他の人に向けて笑っている人の笑顔を見るのが好きだったから、そのためだけに身売りをしたのかも知れないわ。家族のためって言っていいのか分からないの。家族って言ったら、父や母が嫌がるかも(・・・・・)しれないわね」


「……」


「私、本当に人の気持ちが分からないの。変な女でしょ?」


「……まさか」


「嘘。私、そういう優しい嘘はたくさん見てきたから分かるわ」


「……変じゃないさ」


「……。ありがとう」




「……。おかしな話よね。私、感情が分からないくせに、それでも許せないの」


「……許せない?」


「ええ。家族からこういう扱いを受けているのに、私、父を嵌めたアルレッキーノを許せないの」




「彼、こう言ったの。"ほら、これで救われただろう?"って。……私、その発言だけは許しちゃ駄目だって思ったの」




「……ヘティ」


「私、そんなこと、求めてなかったもの。……いえ、もしかしたら求めていたのかもしれない。私あの瞬間、こんなことになるだなんてって後悔したのだから。もしかしたらほんの少しだけ心のどこかで、救われたいって思っていたのかも」


「……」


「……。私、自分のことなんてどうでもいいの。こんな、愚かで許されないことを願ってしまった私なんて、出来損ないの私なんて、誰もどうでもいいでしょう? ……この身なんてどうなってもいい、だから私、アルレッキーノに復讐しなきゃって思ったの」


「……。どうでも良くはないさ、ヘティ」


「……ありがとう、嬉しいわ」


「ああ」


「でも、いつかしなきゃ駄目なの。……私は救われていない、その行為を私の救いだったことにしないで、私から側にいて欲しい人を取り上げないで、いつか愛されていたかも知れないのだから――なんて、どうでもいいことね。自分でもよく分からないの」


「……本当に、自分がどうなってもいいのか? 自分でもよく分からないその感情のために、自分なんてどうなってもいいと思っているのか?」


「ええ。私、何のために(・・・・・)生きているのか(・・・・・・・)分からないのだもの」


「……。そうか」




「ねえ、面白いこと教えてあげる」


「どうした?」


「私、父の名前も母の名前も、兄弟姉妹の名前も覚えていないの」





「……」


「それでも、アルレッキーノのことは許せないし、自分はその復讐のために死ねると思うわ」


「……」


「うふふ、ほら、おかしいでしょ? 私って変な女なの。いつまで経っても分からないままなのね。自分のことなんてどうでもいいくせに、自分の中のどうでもいい感情のためになら死んでもいいって考えてもいるの」


「……」


「自分がないのかしら。うふふ、本当にお人形さんね」


「……違う。死んでもいいって思えるものがある、と事実こそ自分がある証じゃないか」


「ねえ、自分がある人は、名前も覚えていない人のために死んでもいいって考えるかしら」


「……。人間ってそういうもんだと思うけどな」


「そう?」


「この為なら死んでもいいって思えるものを見つけている人って結構いると思うし。……ただ、お前みたいに特殊な過去とか重い事情があると、ちょっと厄介になるっていうか実際に死のうとする人がちらほらいるっていうか」


「……へえ」


「案外そういうものさ。思い詰めすぎたら損するぜ。人間そういうもの、はいお終い、でいいんだ」


「……。うふふ、そう」




「……。名前、覚えてないんだな。家族の」


「ええ」


「なあ、ヘラってさ」


「……。家族に呼ばれてた名前なの。『天空の楼閣』でも、ずっとそれを使っていたわ」


「そっか」


「……眠くなってきたわ」


「ああ、眠るといい」


「ちょっと、喋りすぎたかも」


「……大丈夫、この会話のことは誰にも言わないさ。俺が適当に一方的に喋ったことにしておくよ」


「……ありがとう」


「どういたしまして、おやすみ」

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