6.
「ヘティ」
「……。何か用かしら」
「ああ。これからもずっと用がある」
「……」
「何を勘違いしているのか知らないが、ヘティは当分俺からは解放されることはないぞ」
「……どういうことかしら」
「俺は勝つからな。残念だが当分は自由はお預けだ。自由に過ごしたかったらその都度俺に申請するように。善処しよう」
「……。ふざけているのかしら、慰めに来たならちゃんと慰めて」
「慰めて欲しいのか? 俺がお前の立場なら、泣いた顔を見せたくないから、慰めより事務的な話が欲しい。もっと望ましいのは一人にしてくれることだが」
「……。一人にしないのはどうして」
「一人にして、と言われたら一人にするつもりだ」
「一人にして」
「ああ、分かった。……背中に掛けておくぞ」
「……どうも」
「ヘティ」
「……」
「今回は最悪だった。お前の権利書とミーナの記憶、この二択は本当に酷だった。選べない物を選ばされる気持ちだったとも」
「……」
「まずタイミングが最悪だった。あの場にマハディがいれば何とかなったと俺は思ったんだ。マハディには記憶魔術があるから、ミーナの記憶を保持できたかもしれない。それにマハディに見届けてもらえたら、俺がどんな決断を要求されたのかを分かってもらえたかも知れない」
「……」
「だが、結果はまさかのお前を売る決断。これもまた最悪なんだ。今回はアルレッキーノとの戦いにおいて、マハディと手を組む算段だった。だというのによりによってその直前でお前を売るだなんて決断をさせられるだなんて。共闘関係にひびを入れるためのアルレッキーノの作戦だとすれば、ますます嫌らしい奴だと思ったとも」
「……」
「マハディはお前のことを大事に思っていた。お前が仇討ちに失敗して奴隷落ちしても、まだ娘のように思っているらしかった。何ならば、俺にヘティをよろしく頼むなんてお願いしたんだぜ。……そんな俺がヘティを売ったんだ。アルレッキーノに。最悪だよ、最悪。もう、詰んでいた」
「……」
「アルレッキーノがあの二択を要求したのは、そういう側面で見ても狡猾だった。あいつは狂ってる。鑑定スキルが欲しいんじゃなくて、多分もっと別の何かが欲しいみたいだ。本物とかいう何かよく分からない物にとりつかれて、損得勘定が出来なくなっているぜあいつ」
「……」
「……。もう一つ最悪だった。俺があいつに売る決断をしたとき、ビジネス抜きに俺は参ったんだ。ヘティのことは、とても単純な話、手放したくなかった」
「……」
「俺ば馬鹿みたいに参った。だって、ユフィに正論を説かれるぐらいにだぜ? ネルには無神経さを指摘されたし、きっと俺はあの後本当にぼろぼろだったんだ。俺はもう自分で何をすべきかのか分からないぐらいになってたからな、冷静さを失っていたというか、なんか頭がうまく働かないというか」
「……」
「正直、俺にはまだお前のことが必要なんだ。きっとこの先ずっと必要だ。将来のことをいろいろ考えたとしても、お前抜きで将来どうするべきなのか、という見通しがまったく立たないんだ」
「……」
「あんな決断をしなきゃいけなかったなんて、本当に最悪だった。腹立たしい。情けない。……正直、ヘティを手放すという発言をさせられた時からずっと、俺は心のどこかに苦い思いを噛みしめているんだ。ああくそ、今日はなんて日だ、ってな」
「……。何の用かしら」
「ヘティの話が聞きたい」
「……命令すれば、言うわよ」
「もう命令しても俺の奴隷じゃないからな、じゃなくてそういう話じゃなくてさ。俺が聞きたいのは、お前がどうして奴隷に落ちたのかという話とか、アルレッキーノはお前にとってどういう存在なのか、とかそういう話なんだ」
「……。気が向かないわ」
「そうか。まだ一人にして欲しいか?」
「……ええ」
「そうか、夜警のところで休憩するといい。焚き火が暖かいし、それに星も綺麗だ」
「……」
「手を取れよ。もう心が疲れてて歩きたくないだろ? 俺が引っ張ってやるさ。何も考えなくっていい、ただついて来るだけでいいから。何ならば負ぶったっていい」
「……もし」
「?」
「もし、私が、貴方のことを見たくないって言ったら、どうするのかしら」
「そこまで運んでしばらく失敬するさ」
「……。そう」
「ほら、行くぞ」
「ヘティ」
「……。暇つぶしに来てるのかしら」
「まさか。アルレッキーノに勝つためには情報が必要だ。だからそれを知っていそうな人間に話を聞く。……合理的だろ?」
「……」
「鬱陶しいかも知れないけど、悪いな、必要なことだ。どの面下げてって思うかもしれないけど、でもお前から色んな話を聞きたかったんだ。本当に。これは本当にだ」
「……」
「別に、アルレッキーノの話じゃなくてもいいんだ。お前の過去とか、お前の人となりとか、普通に興味がある。もっと知りたいって思うんだよ。だって俺勝つつもりなんだぜ? これからのヘティとどうやって付き合っていくかとか、そういうことを考えたら、お前をこのまま放っておくっていう選択肢はあり得ないんだ」
「……」
「ああいや、放っておいて欲しいなら放っておくけど、それでもこうやってちょくちょく顔は合わせる。絶対だ。俺は時間が解決するなんて無責任な言葉は信じない。そもそも時間がないしな。俺はヘティと仲直りがしたいし、ヘティには心の底から謝りたい。お前がどれほど傷ついたとかそういうことは全部分かっておきたい。分かって欲しくないところはそのままそっとしておくから、それ以外は知りたい」
「……良く回る口ね」
「思いだよ。よく思っているんだ。お前のことを、いやちょっと表現がアレだな、何というか、お前に対しては語りつくせない、いや、とにかく」
「鬱陶しい」
「どうぞご自由に。どうせお前も今脳が痺れているんだろ? 考えることが嫌なくらいに。考えが堂々巡りして埒が開かないって表情しているぜ。今本当にお前は考えていない、感傷に浸ってもの思いに塞ぎ込んでいるというか、そういう状態だ。断言する、そんな状態だったら絶対に、どれだけ俺がお前のことを放っておいても、お前が俺のことを許そうという考え方はしないし、俺にとっては状況が改善しない。絶対だ、いいな、これは経験上今まで間違いなかった」
「ねえ、貴方聞いてる?」
「聞いてる」
「嘘よ、さっきから――」
「聞いてるよ、ずっと聞かせてくれ。もっと聞かせてくれ。お前のことをもっとさ、お前が何を思っているとか、どんな過去を過ごしたとか、もう全部聞きたいから、聞かせてくれ。本当さ、お願いだ」
「……。呆れた」
「分かるんだ。俺もお前と同じ気持ちになったことがあるんだ。そういう時は考えたくなくなったし、何も進まなくなったし、そういうものだった。そういう時は絶対何もできないんだ。本当に、何もできなくなってしまうんだ。ふと死のうと思うことはあるかもしれないけど、死のうと思うことも鬱陶しかったりする。そんな感情なんだ」
「……」
「そういう時はどうしろ、とかは分からない。というかお前のためにどうこうするつもりはない。お前の感情の問題を俺がどうこうできるとは思っていないし、どうこうするとお前は凄く嫌がると思う。俺がしたいのは、アルレッキーノの情報とかお前の過去だとかを知るのが必要だから、だから隣でこうやって、その考えるのも気怠い頭にむかって、色んなことを話しかけて、疲れているから放っておいてって気分で聞き流してもらって、そして時々反応してくれたらそれでいいんだ。それならお前も疲れないだろ?」
「……。貴方って、凄く腹が立つ人ね」
「無神経ってよく言われる。いや嘘、本来はこんなこと絶対しない。ただ無神経な振る舞いも必要とあらばやってのけるし、そしてそれが今だってだけだ。ずっと聞き流してくれたっていい。反応することも面倒くさいと思うかもしれないし、反応したことを俺に悟ってほしくないなら隠してくれていい。でもさ、俺はお前のことを」
「ねえ、本当によく回る口ね。人の気持ちを考えたことってある?」
「考えたらお前は泣き止むのか。幸せになってくれるのか」
「少なくとも、これ以上は悪化しないわ」
「嘘つけ、よくもならない。絶対だ、俺の経験がそう言ってる」
「経験なんか当てになってないわ」
「その通りだ、経験はよく裏切る。でも判断材料が他にないだろ? だからお前が論理的に示せ。俺がお前を放っておいたら、お前が独りでに救われて幸せになって、俺が勝手にアルレッキーノの情報とかヘティの過去とかを知ることができるって。それで十分以上に納得したらお前なんか放っておいてやるさ」
「――」
「……今晩だけな。それ以上は無理だ、お前が必要だ。それ以上離れようとするな、頼む」
「……最低。貴方、何なの」
「無茶言うなよ。俺が何なのかなんか分からないよ。何で俺が自分のことを論理的に語れると思っているんだ。何でヘティに対してこういう態度を取っているのかとか、そういうの、全然理屈じゃ分からないし、正しいのかも分からない。けど分かるさ、放っておくのは絶対間違いだってことぐらいは分かるんだ」
「考えぐらい、纏めてからに、して……」
「纏まるわけがないさ。お前だって今考えていることが纏まっていないんだろ。分かるぜ。俺、考えを纏めるっていう行為は考えのどこか言語化できないもやもやした部分を殺すっていう説を半分信じているからさ。まあ半分だけ。もう半分は言語化できないことは考えているとは言わないっていう真逆の考えなんだけどさ。どうでもいいな。そうじゃなくて俺は、お前のことが」
「一人に……」
「どうした?」
「……」
「その続きを言ったら、またしばらく一人だ。そういうルールだ。でも、躊躇ってくれて俺は嬉しい」
「……馬鹿、最低」
「無茶苦茶言うな。俺は奴隷商でお前は奴隷だ。いずれ奴隷は手放す。そういう関係だったんだよ、最初から。所詮はそういう風に割り切るべきドライな関係でしかないんだ。それがちょっとだけお互いに踏み込み過ぎちゃったのは、何か、その」
「……」
「……。ヘティ、俺、口が回るんじゃなくて考えが纏まらないタイプなんだ。いや世間的に賢い自信はあるし、そつなく何でもこなすことはそれなりに上手なんだけど、でも人間関係でこじれたりとか、そういう考えが要求される肝心なところですげえ纏まらなくてポカやらかすっていうか」
「……」
「答えって何なんだってなるんだ。答えなんか考えても出ない問題だろ? でも、答えがあるらしいんだ。無茶言うなよってなるよな。何をすればいいのか、正直分からなさ過ぎて、だからさ、もう全部こうやって身も蓋もなく話すことにしているんだ、もし全部話せるチャンスがあるならさ」
「……」
「いや、もちろん全部話せる間柄じゃないとそんなことはしないけどさ」
「……」
「……その、まあ、心が落ち着いたときでいいから、聞かせてくれ」
「……」
「……」
「……暖かいわね」
「だろ? 俺も夜警してたときは同じように暖まったものさ」
「……」
「……湯を沸かすよ。紅茶、飲まないか?」
「……お願い」
「ああ」




