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知らない過去と、秘密の特訓

 その日から、私の修行の日々が始まった。剣術も身に付ければ自分の武術の幅も広がるし、いい機会かもしれない。最近は自分の稽古も疎かだったので、ちょうどいい。目指すは、打倒白鹿様。………いや、それはいくらなんでも高すぎるか。せめてもう少し、試合になるくらいには形にしたい。


「白鹿の剣術の根源ねぇ………」

「あの強さの秘訣はなんなのかと」


 私の質問に、うーんと顎に手を置く向日葵様は、白鹿様の色々を思い出しているようだ。私たちは、この駐屯地で生活する人たちの大量の洗濯物を捌きながら、そんな会話を繰り広げていた。まずは相手のことを知るところから。情報、知識というのは、勝負の場において勝利に大きく結びつく。情報収集は欠かせないのだ。


「私もここに来てから知り合ったから詳しくは知らないんだけど、確か軍に入る前は道場の門下生だったんじゃなかったっけ………」

「なるほど………。幼い頃から剣術を叩き込まれていたのですね」

「うん。噂では、そこでも優秀で、師範の1番弟子だったとかなんとか」

「それは………、あの強さにも納得です」

「黒馬や紫狐や青兎ですら、剣術は白鹿に勝てないからね」


 パタパタと風で靡き、お日様の光をたっぷり浴びる洗濯物を見つめながら、私はふと想いを馳せた。そういえば私、皆さんのことあんまり知らない。ここでどういう生活を送っていたのかとか、子供の頃の話とか。まあここでの生活は、今実際に目の前で見て知ることができているのだが。


「私、白鹿様のことや皆さんのこと、何も知らなかったのですね………」

「聞かれない限り、昔話を自分からする人も少ないんじゃない?」

「そう、ですけど………。向日葵様のことだって、こうして実際にお会いするまで、知りませんでした」

「菖蒲………」


 別に、それが何か問題があると言いたい訳ではない。けれど、どこか寂しいような気もする。なんでもかんでも、ずかずかと土足で踏み込んでいい訳ではないが………。大切な人たちのことだ。もっと、知りたい。皆さんのこと。


「白鹿様が剣術に優れていることも知らなかったですから。知れて嬉しいです」

「………本当に好きなんだね、みんなのこと」

「………はい。大好きです」

「みんな、こんなに菖蒲に愛されてて幸せ者だ」

「向日葵様のこともですよ」

「え?」

「向日葵様のことも、もっと色々知りたいです」


 そう言って笑った私の顔を、向日葵様はしばらくきょとんとして見下ろしていたが、やがていつもの太陽のような笑顔を浮かべて抱き着いてきた。


「私も菖蒲のこと沢山知りたい!だから、もっといっぱい話そうね」

「勿論です」

「ここにいる間に………、沢山」


 ぎゅう、と私の背中に回る向日葵様の手に、力が籠められる。………そうだ。私たちがここにいるのは、今だけ。黒馬様のお父様が帰還されたら………。


(いっぱい話さなきゃ。向日葵様と)


 傍にいるうちに、もっと、もっと仲良くなりたい。それはきっと、向日葵様も同じ気持ちだ。


 そうして私と向日葵様は、しばらくの間洗濯物の下で、お互いの友情と思いを確かめ合っていた。













 向日葵様から聞いた、白鹿様が教わっていたという道場は、この駐屯地から思っていたより近所にあった。私がこの駐屯地にやって来た時、ここの規則と時間を守ってくれれば、後は自由に過ごしてくれて構わない、という言葉を思い出し、私はその空いた時間でこっそりと道場に足を運ぶことを決意した。勿論、黒馬様たちにも秘密だ。


「本当に言わなくていいの?黒馬たちに………」

「はい。言ったら多分ダメだって言われそうなので………」

「そうなの?過保護すぎない?」

「いえ………、今まで私が何度も無茶をしてきたせいでもあるんです」

「え、菖蒲ってそんな何度も無謀なことしてるの」

「はい………。自分の腕っぷしに頼って、色々と………」


 そのせいで危ない目に遭っては、黒馬様たちを巻き込んだり、助けてもらったことなど数えきれない程ある。黒馬様たちが、私が武術を齧っていることはおろか、興味を持つことすら難色を示すのは、そういった過去の経験からだ。私には何も反論できない。


「できる限り私も協力するし、秘密にするけど………。バレちゃった時は知らないからね?」

「はい。それは、勝手にこんなことをする私の責任ですから」

「じゃあ、しばらくは空き時間に道場通って、修行するのね。私も医療班の仕事あるから菖蒲に付きっ切りにはなれないなーって思ってたところだし、暇つぶしにはちょうどいいかもね」


 向日葵様は、私の完全なる自己満の行動を窘めることなく、むしろ応援してくれているようだった。天狗になってる白鹿の鼻折ってやってよ、なんて笑いながら、見送ってくれる。そんな向日葵様に手を振りながら、私は彼女に教えてもらった裏口から、こっそりと駐屯地を後にしたのだ。そもそも、こんな飛び込みで弟子にしてくださいと押しかけて、その道場が受け入れてくれるのかは分からないが、行動しなければ何も成せない。


 そうして訪れた道場は、古き良きと言った感じで、時代を感じさせる、小さな建物だった。昔から姿を変えず、そこに佇む立派な門構えには、『一心流 道場』というでかでかとした達筆の文字が躍っている。その厳かな雰囲気に、思わず尻込みするようにごくりと喉を鳴らす。


 門の向こうを覗き込んでみると、道場はシンと静まり返っていて、人がいるのかどうかすら疑わしかった。だが、見る感じ建物には綺麗に手が行き届いている感じがするし、廃業した訳でもなさそうである。とりあえず、中に入って声をかけてみるしかないか。


「………お姉さん、誰?」


 すると、突然足元から声が聞こえて、私はピタリと足を止めた。慌てて下を見下ろせば、自分の半分しか背丈のないあどけない少年が、不思議そうにこちらを見ている。その姿は小さな剣道着に身を包み、大きく見える竹刀を担いでいる。


(ここの門下生だ………!)


 私は期待を込めた目を少年に向けながら、目線を合わせるようにその場に屈んだ。この子に聞けば、話を通してくれるかもしれない。


「あの、私剣術を習いたくて………」

「え」

「え………?」


 驚く少年のその反応は、思っていたようなものではなくてこちらもつられて驚いてしまう。しばらく固まったのちに、少年は慌てた様子で道場の方へと走っていき、声を上げた。


「し、師範!!入門希望の人が!!!」


 すると今度は、道場の奥の方からドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、師範と呼ばれるらしき人物がやっと姿を現した。その姿に、私はまたしても目を見開く。


「い、いらっしゃいませ!!見学、体験、いつでも受け付けております!!」


 息を切らしてやって来たその師範は、私とそう歳の変わらない女性だったからだ。

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