融け合う
「黒馬様、俺ばっかりって言いましたが………私だって、頭がおかしくなりそうで」
「菖蒲………」
「きっと、私の本当の気持ち聞いたら、軽蔑します」
本当は、私の気持ち、感じていたことを伝えるのが怖い。でも、伝えなかったら、黒馬様は傷と不安を抱えたままだ。私がずっと感じていたようなモヤモヤを、抱え込んだまま。そんなの、苦しいし辛い。だったら、嫌われるのを覚悟で、ちゃんと伝えた方がいい。黒馬様と向日葵様を見ていて私が感じていたことを、素直に。
「ここに来てからずっと、私、嫉妬してました」
「え………」
「だって皆さん、向日葵様と仲が良くて………。私、皆さんを取られたような感覚でした」
顔を見られたくないから、黒馬様の背中に顔を埋める。彼が振り返られないように、ぎゅっと抱き着いたまま。そうでもしなきゃ、とても話せなかった。
「私のものなのにって、そう思ってました。最低ですよね」
「…………」
「向日葵様のことは大好きだけど、でも、皆さんのこと、渡したくなかった。………特に、黒馬様」
「………らしくねえな」
「いえ。本当の私は、コレなんです。嫉妬深くて、独占欲が強くて、我儘で」
私の、みんななのに。それが、私の本心だった。私より長く、他の人と付き合っていようが、私より先に、他の人と出会っていようが、関係ない。今彼らと一緒にいるのは私で、かけがえのない時間を過ごしているのは私で、そんな彼らを大切に感じてるのも、私だ。
「医務室で黒馬様と向日葵様の会話を聞いた時、取り乱してしまって。そこに偶然居合わせたのが、紫狐様だったんです。必死に忘れたいと、懇願しました。黒馬様のこと、忘れて楽になりたかった」
「………なんでそこで紫狐に頼るんだよ。俺に話してくれれば」
「だって、怖かった。お前より向日葵を選ぶって言われたら、私、死んでしまいそうだった」
「………お前………」
「もう私、こんなにも依存してるんです、黒馬様に。幻滅、しますよね」
黒馬様はついに私の手を振りほどいて、こちらを振り返った。ぽろぽろとみっともなく涙を流す私の姿が、彼の見開かれた瞳に反射している。嗚呼、やっぱり酷い顔だ。こんな顔、黒馬様に見られたくなかった。
「幻滅なんてする訳ねえだろ」
「嘘………」
「嘘じゃねえ」
「だって………。ずっと私に冷たいし………」
「………それは………」
「本当に向日葵様のこと、好きなんだと思った。今もまだ、疑ってるくらい」
「だから、向日葵のことは………」
私はぐっと、背伸びをした。否定しようとした黒馬様の頬に手を添えて、唇を塞ぐ。己の震える唇で。またしても驚く黒馬様を他所に、私はそっと顔を離す。
「黒馬様、もう、言葉はいいから………」
「あや、め………」
「口付け、してください」
揺らぐ黒馬様の目は、徐々に熱の籠ったものへと変わっていく。その言葉は、昨日医務室で向日葵様が黒馬様に言った言葉と同じ。向日葵様のそれは断った、と言っていた黒馬様は、何の躊躇いも迷いもなく、無言のまま私の唇に噛み付いた。唇が離れる度に、まだ足らなくて、私は泣きながらもっと、もっとと強請る。そしてその度に、どんどん黒馬様の余裕がなくなっていくのを感じていた。
「たりない、くろまさま………」
「は………、可愛い………」
「………?…んむ………っ!?」
息を吸うのも惜しいくらい、私たちは数えきれない程の口付けを交わした。このまま融けて無くなってしまいそうで、それくらい、2人はドロドロに重なりあって、何度も何度も唇を求めた。
「もっと、やめないで、くろまさま………」
「煽んなって………、本当に止まんなくなる………っ」
「だって、足らない………。もう、不安にならないくらい………。向日葵様との口付けのこと、思い出さないくらいにしてくれなきゃ………」
「お前………」
「塗り替えて欲しいんです………、私の記憶………」
黒馬様の顔を見た時、思い出すのが向日葵様との口付けではなくて。今晩ここで交わしたこの口付けを思い出すようになるくらい。私の記憶を、埋めて欲しい。求めるように黒馬様の首に腕を回すと、黒馬様はそれに答えるように、私を押し倒した。草花の絨毯の上で、私と黒馬様は、くらくらと、熱気でめまいがするくらい、お互いを確かめた。
「………菖蒲」
「………?」
お互い息も絶え絶えで、ぐったりとする私の名を、黒馬様が呼ぶ。
「もう他の男で俺のこと忘れようとすんな」
「………は、い………」
「勝手に1人で帰るのも無し」
「………うん」
「………いい子」
そして、最後に軽く唇を押し当てられて、ようやく私たちの体は離れた。もう、私の中に変な不安や嫉妬、モヤモヤは一切ない。全て黒馬様の温もりに満たされている。帰るぞ、と黒馬様に手を握られて、ぎゅっと握り返した。
「………黒馬様」
「ん?」
「………私、幸せです」
「…………」
ふわ、と笑う私に、黒馬様は一瞬黙り込んだ後、何故か盛大な溜息と共にしゃがみ込んでしまった。目元を抑える彼に、慌てて寄り添う。一体何事かと慌てふためく私を他所に、黒馬様は1人、何か別のものと戦っているようだった。
「お陰で俺は逆に悶々としてるんですケド………」
「悶々?」
「………こっちの話デス」




